「ゴッドファーザー」という映画史に残る作品が生まれたのは1972年。
1972年はアメリカ映画界ではアメリカンニューシネマというムーブメントが起こっていた時期。
ベトナム戦争への懐疑でホワイトハウスへの信用はガタ落ちし、巨大資本でハッピーエンドやヒーローという偶像を作っていたハリウッドから観客は離れ、若者たちは自らと志を共にする反体制的な主人公たちが、権力に負け美しく散っていく映画に熱狂した。それがアメリカンニューシネマだ。
「俺たちに明日はない」「イージーライダー」など、映画の作りとしては決して上出来とは言えない粗野な作りさえも、偶像をきらびやかに見せるハリウッド映画よりむしろ若者には刺激的だった。
そんな中で、決してアメリカンニューシネマ的とは言えない「ゴッドファーザー」という映画が生まれた。
時代設定も戦後の1945年。若者の激しい衝動が描かれているわけでもない、権力に屈しない力強さが描かれたわけでもない。
反体制の熱気の中で少しばかり浮いた存在ですらあるこの映画だが、今や観たことはなくとも名前くらいは誰もが知っている名作中の名作として知られている。
ではなぜ、1972年というアメリカンニューシネマ全盛の時代に生まれたこの映画が今もなお語りづがれる名作となっているのだろうか。
「ゴッドファーザー」は1972年公開のアメリカ映画。
原作は今作の脚本にも参加しているマリオ・プーゾの同名小説。
監督は「地獄の黙示録」などのフランシス・フォード・コッポラ(娘は映画監督のソフィア・コッポラ、妹はゴッドファーザーにも出演しているタリア・シャイア(ロッキーのエイドリアン)、甥にニコラス・ケイジ)
出演はアル・パチーノ、マーロン・ブランド、ジェームズ・カーン、ダイアン・キートン、タリア・シャイア、ロバート・デュヴァルなど。
「俺たちに明日はない」「イージーライダー」という映画を今の人々は名前すら聞いた事がない人も多いかもしれない。
観たことのある人を探すのはもしかしたら難しいだろう。
しかし「ゴッドファーザー」は誰でも知っている。観た事がなくても名前くらいは知っている人がほとんどだ。
「俺たちに明日はない」「イージーライダー」を代表とするアメリカンニューシネマの数々は極めて1970年代に作られた映画という事に大きな意味がある。
これらが肯定的に受け入れられたのは、上記で述べた諸々の時代背景と観客が内に秘める欲望や葛藤が上手くリンクして一気に火がついたという因果関係がある。
要はその時代に生きた人々の、その時代のエモーションを上手く反映していた映画だったのだ。
だから映画史には残っても、映画単体で見るにはやはり見る人を選ぶという側面がどうしてもある(どんな映画にもそれは絶対にあるのだが)
しかしゴッドファーザーという映画は違う。
明らかにアメリカンニューシネマ全盛の時代の気分をすくい取っていないし、衝動的で荒いタッチの映画が好まれたのとは逆に、この映画は暗くて、精密で計算されたカットが多い映画だ。
ではなぜ「ゴッドファーザー」が後世にまで残る映画となったのだろうか。
個人的にはこの映画がマフィア映画でありながら、人間関係や、社会の根深い本質、真理、そして人間が生きていく際に生じる不可避な力学を描いているからだと思う。
主人公のアル・パチーノは忌み嫌っていた実家のマフィア稼業の最適者として、哀しくもトップの座に着いてしまい次第に冷酷な男へと変わっていく。
多くの責任を負う彼は愛する人を守るために、次第に冷酷になっていく。
ラストで妹であるコニー(タリア・シャイア)を殺し、妻であるケイ(ダイアン・キートン)には殺しなどの冷酷な手段を、ファミリーを守るためだと理解してもらえず関係が壊れ始める。
何かを守るため、あるいは何かを得るためには何かを捨てなければいけない。
マフィアでない我々にもこの悲しい力学が生じてしまうタイミングというのは確かにある。
その他、護衛人テシオ(エイブ・ヴィゴダ)の止むを得ない裏切りもやはり何かを得るor捨てるのトレードオフで生じた悲劇だ。
あるいは優秀な一家に生まれながらも一人だけ能力が劣った三人兄弟の次男フレド(ジョン・カザール)の立場もマフィアであろうと普通の世界に生きる人間だろうと身につまされるものがある。
周囲に環境になじもうとすればするほど遠ざかる。そこでもがく苦しさ、疎外される苦しさもまた現実の社会で哀しくも感じる時がある。
それらのどうにもし難い細やかな人間社会の普遍的とも言える機微を「ゴッドファーザー」はしっかりと丁寧に描写している。
そしてそれらを外から見ている女性たちもこの映画の大事な役割を担っている。
マッチョな世界で生きる男たちを陰で見て、恐れ、時に喚き、殴られ、助けを請えば望まぬ介入をされ(例えばラストでマイケルがコニーの夫を殺す)にもかかわらず何故か逆に感謝の服従を強いられる。
これは哀しくも今の時代も大きくは変わっていない。
女は男を支える、やる事に口を出さない。この不条理な現実は今も解明不能な力学として世界中で女性を苦しめている。
何かを得るためには何かを捨て、誰かを愛するが故に逆に傷つけ、誰かを守るために誰かを貶める。
生まれた時点でハンデがあり、その差はいつまでも縮まらない。
権力は巨大でどこまでも揺るがず、そこに盾をつくのならリスクを背負うしかない。
これらはこの社会の本質であり真理で、どうあがいてもの抜け出せない力学だ。
「ゴッドファーザー」はこれらを描いており、逆に言えば浮世離れしたマフィアの世界も実際のところ我々が生きる社会と寸分違わず変わらないことを描いている。
人が生きる上で変わらない普遍的な事実を、ある種寓話的に描いているからこそ、「ゴッドファーザー」は今もなおこの時代にも残る名作なのだろう。
そしてこの映画の持つ重厚な一つ一つのシーン、音楽、戦後を舞台にしたクラシカルな美術が、この映画があぶり出す社会や人間の本質や真理に、より一層の説得力を与えている。
コッポラの演出ヴィジョン、ゴードン・ウィルスのピュアな撮影哲学、ニーノ・ロータのセンスが上手く反応し合い、この映画に何年も朽ちない重厚な雰囲気を纏わせている。
映像的なルックの良さもこの映画を名作たらしめている所以であることはもう言うまでもない。
意外に勘違いされているがまずこの作品は非常に小規模・低予算映画で、監督のコッポラは当時はそこまで注目されておらず(脚本家としては「ゴッドファーザー」の前年に「パットン大戦車軍団」でオスカーを獲っているが)、主演のアル・パチーノに関しては知る人ぞ知るレベルの舞台役者だった。
原作の描く戦後の時代設定はアメリカンニューシネマの流行りに乗るべく1970年代(撮影時でいう現代)に設定されていたのを、コッポラが何度も頼み込み原作の時代設定にするところからこの映画は始まった。
撮影中はコッポラは幾度となくクビをほのめかされ、トイレではスタッフの自分に対する悪口を個室から聞いた。
アル・パチーノの起用は誰も賛成しなかったし、マーロン・ブランドは映画界で煙たがられていた。
それでもアル・パチーノは好青年から冷酷な男への変化を見事に演じ切りアカデミー賞で助演男優賞にノミネート。マーロン・ブランドは撮影当時47歳で老練のカリスマを演じ切りアカデミー賞主演男優賞を受賞した。
映画自体も作品賞を獲り、今後何十年も語り継がれるだろう名作となった。
名作は決して大金から生まれるわけではない、優れた制作陣、優れた俳優から生まれる。
時代にとらわれない普遍性、バジェットに頼らない知恵や努力、そしてたくさんの才能とそれらの化学反応、映画にとって何が大切か思い出させてくれるこの作品が、いつまでもマスターピースであってほしいと切に願う。
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