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おすぎが語る けっこう深い黒澤明論
映画を撮りたくても撮れなかった50代60代
私自身、黒澤監督のマネージャーやスクリプターなどのお仕事をなさっていた野上照代さんと親しいものですから、
その関係で監督とお話もさせていただいたし、『乱』の撮影現場も仕事がてら陣中見舞いに寄らせていただいたり。
監督かちょっと谷の方に下りていったのを「迎えがてら歩いていくわ」とか言って、その谷に下りる前に監督が上がって来られて、
腕を組んで歩いたこともあったり、そういう意味から言うと冷静に映画評論家みたいに、監督の映画云々ということはあんまり語れないんですけれども。
私が黒澤さんが一番残念だっただろうと思うことは、映画を撮りたくて撮りたくてしょうがなかった人。
映画しか仕事が出来なかった人が50代、60代の脂の乗り切ったときに映画を撮れなかったわけですよね。
あとから聞いて私は知ったんですけど、『トラ・トラ・トラ!』は黒澤さんが悪かったわけじゃなくて。
悪いと言われればそれまでなんだけど、結局真相は撮影が延びて、期限までにあげなければいけないのにもかかわらず、凝りに凝ってやったために、期限までにあげられそうになかった。
それで、向こうのプロデューサーを怒らせちゃって、期限までに撮りあがらないときは黒澤プロが賠償のペナルティを抱えなければいけなかったわけですよね。
それを回避したいために、精神的な部分でのプレッシャーが強くて不安定になってしまったみたいなことを言われた訳ですよね。
嘘だったにも拘わらず、もう映画が撮れないというところに追い詰められて、自分でもどうしていいかわからない状態の中で自殺未遂という形になりましたからね。
そのことの為に、その後スムーズに映画を撮れなかった。
だから、いちばん撮りたかっただろう時期に撮れなかったということ。
それが黒澤さんのある神話を創ったというか、日本人が「黒澤は終わったんだ」というふうにしちゃったんじゃないかと思うの。
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日本人と黒澤明
『赤ひげ』以降、『どですかでん』まで、この間に5年かかっているでしょう。
『どですかでん』は散々失敗作だと言われていて、黒澤は終わったんだと、日本で全然仕事が出来なかったんですよ。
次に来た仕事が、ソ連の方から撮ってくれないかと言われてそれで『デルス・ウザーラ』を撮ったのね。これがやはり5年後の75年かな。
私は『デルス・ウザーラ』のときに黒澤さんとお会いしたんです。もう20年以上お付き合いさせていただいていることになるんですね。
『デルス・ウザーラ』も試写会をやった時におはぜんぜん評価されなくて、それが続いていくわけね。
そもそも黒澤さんのことを「世界のクロサワ」って言ったのは『夢』をスピルバーグ達がプロデュースしますけれども、日本では全然撮れなかった時があったから、そうしちゃったんじゃないかと思うんです。
日本人は『椿三十郎』だとか『用心棒』だとか『七人の侍』だとか、そういう映画を撮って欲しかったんだと思うの。
だけど体力的に言ったってそういうものじゃないし、役者さんだって変わってきちゃうわけでしょう。
三船さんがいたから『赤ひげ』までやったにもかかわらず、そのあとケンカ別れするんですね。
三船さんが監督業をやるということで、もの凄く葛藤があったんだと思うんです。
結局、日本人が望んでいるような方向に黒澤さんが行かなかった。
それで日本人たちは黒澤という監督の映画全般に対して、一つのゆがんだ見方をし始めちゃったんじゃないかしらって私はみているんですね。
黒澤明の凄さ
だけど、すごくおもしろかったのは『影武者』にしても『乱』にしても、黒澤と一緒に仕事したいという人はいた訳ですよ。
『乱』なんかもそうだけど、プロデューサーの原正人だとかシンベルマンだとかいう人たちは、黒澤と仕事がしたく撮りあげたものなのね。
だから『乱』はすごくよかったのよね。映画の冒頭、イノシシが出てくるシーンからでしょう。
ああいうところも「ああ、日本映画なんだ」と思わせてくれるでしょう。
「日本映画ってこうだったんだ」という緊張感ね。ファーストシーンの。そういうのが黒澤さんにはあったと思うし。
それは『羅生門』のすごい雨、『七人の侍』のすごい雨、『八月の狂詩曲』でのすごい雨のところで、ほんとに凄いと思うわjけよ。
そこが黒澤明の凄さだったと思う。みんなやりたいと思った部分というのは、やっぱりすごいことですよね。
パッと見ただけで「黒澤さんだ」って思えちゃうというところは、それはすごいなと思いますね。
だからみんなやりたかったし、黒澤さんの映画はお金が掛かる、時間が掛かるというようなことをいろいろ言われていましたけど、スピルバーグたちだってやりたかった。
そのスピルバーグだって黒澤さんが持っている映画の新しいものを踏襲しようとしたわけじゃないですか。
『プライベート・ライアン』の最初の部分だって、『七人の侍』を撮ったときの、あの馬の走りの中で砂埃だとか何だとかというものは、すごいリアリティがあるように望遠で撮りましたよね。
それから『椿三十郎』ではじめてパッと血が噴き出す演出をします。
仲代君のね。それまで殺陣というのはそういうのがなかったわけですから、それも殺陣師の久世竜さんとすごく考えて作ったわけでしょう。
そういう、カリカチュアライズしているというか、デフォルメしている状態の中でリアルさを感じさせるというようなことは、スピルバーグはちゃんと身につけていますね。
それはみんな黒澤さんから学んだものだと思うのね。
そういう意味で、ずいぶん影響を与えてきたと思うんですよ。それを日本の映画監督たちは踏襲していないのが、とても悲しいことですよね。
私はマネしろって言ってるんじゃないのよ。
亡くなった時も外国の人たちが黒澤さんに対していろいろな弔辞をしたり、映画祭で追悼会をやったりするほどに刺激されて大きくなっていったんだけれども、亡くなったときにはNHKを見ていたって出てこない。
民放なんてニュースも出てこない。私はスポーツ紙からの電話で知って、すぐテレビをつけたんですけど、どこもやらなかった。
黒澤明という人を認めようとしてこなかった。
それなのに翌日の新聞はワッと、世界的に広がったからすぐやったでしょう。
常に外から言われなければ動けないというのを見れば、やっぱり黒澤さんの映画をそうやって屈折して見ていたんだよね。
最後に付け加えると、シェイクスピアが好きだったのね。
『乱』がリア王でしょう。『蜘蛛巣城』はマクベスだし。それからドストエフスキーの『白痴』にしてもゴーリキーの『どん底』にしても、向こうのものを日本風にしていく才能は凄かったですね。
特に観ていただきたいのは『蜘蛛巣城』で山田五十鈴さんが手についた刀の血をぬぐっているところの表情なんてすばらしいわよ。
『夢』なんかも、ファンタジックな不気味さの表現もいいのよね。
ただ、変な言い方だけれども、晩年になってから薄らぎましたけどね。すごく素直になってピュアな形に還っていかれたのかなと思います。
※4 河出書房新社発行 「黒澤明 生誕100年総特集」より抜粋
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