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黒澤明と勝新太郎は基本的に肌が合わなかった
日本映画史の残るほどの主役交代事件が起こった。
作品は黒澤明監督『影武者』である。
黒澤はリア王を原作とした『乱』を映画化したかったが、費用が掛かり過ぎると言われ、代案として考えたのが娯楽的時代劇『影武者』だった。
武田信玄亡き後、その死を隠し影武者を立てて藩を守る話。
影武者だから似ていなければならない。
そこで、勝新太郎と若山富三郎の兄弟に演じさせたら面白いんじゃないかという黒澤の提案で、
それまで10億の予算でも渋っていた東宝も11億に増額し、ようやく『影武者』は動きだしたのである。
ところが早くも兄の若山富三郎が、健康を理由に出演を辞退。
『勝新の奴は朝は起きない、午前中は使い物にならん。あんなのと一緒じゃたまらん」と言っていたという。
それが本当の理由かどうかわからないが、とにかく兄貴は早々に戦線離脱ということになった。
一方弟の勝新太郎は大乗りではしゃぎまくりだった。
「俺なんだか楽しくてしょうがないんだ、ウフ、フ、フ」と笑って地団駄を踏んで見せたりしたという。
勝新のこの作品に賭ける気持ちは相当なものだったのだろう。
だからキャスティングにも口出ししたり、推薦する女優の写真を黒澤に送ったりした。
また大量の勝自身の写真を黒澤に送り、この写真を使ってくれとか、こんな表情も参考にしてほしいといった注文まで添えてきた。
黒澤は「そんなのこっちが決めるこっちゃないか」と言って困っていたらしい。
勝新の熱心さがだんだん迷惑になって来ていたのだろう。
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勝が黒澤を京都でもてなすも
京都のロケハン(ロケ現場の下見)の時、勝は黒澤の大好きなステーキを御馳走すると言って、黒澤とキャメラの宮川一夫さん、スクリプターの野上照代さんを接待したという。
お店はかなり上等な接待場所、女将も「まあ先生、おこしやす」としゃがれ声で貫録十分。
勝はご機嫌で「おれは楽しくてしようがないんだよ」と芸談をしては大笑い。
そして舞妓がやってきて接待する。しかし黒澤は帰りの車の中で、
「イヤだよ俺、あんな気持ち悪いの。首まで真っ白じゃないか。
勝もどういうつもりかね。あそこの家だって借金があるんじゃないかい。
だって女将は勝の顔みてイヤな顔したもの。
そういうの俺すぐわかっちゃうんだよ。演出家だからね」
というふうに御馳走になっていながら散々な言いようだったという。
基本的に勝新と黒澤は肌が合わないということだったのでしょう。
決裂したリハーサル2日目
撮影での勝と黒澤の初顔合わせは、山崎努演じる信廉が影武者に「出かしたぞ」言って、影武者が「出かすも出かさぬも、他に仕様がなかった」と言うのシーン。
リハーサルで勝はこの「出かすも出かさぬも、他に仕様がなかった」というセリフを、毎回違う言い方をして見せた。
勝の気持ちは、俺は監督の操り人形じゃないぞと、俺は俺らしくやるぞ!という意思表明だったもかもしれない。
黒澤もはじめは「違うよ勝くん」と笑いながら訂正していたが、次第に怒気を帯び、「勝君、違うったら!」と言うようになった。
リハーサル2日目。
メイク室には勝以外だれも来ていなかった。鏡の前に衣装をつけた勝が座っていて、カツラ担当の山田氏が、スクリプターの野上氏に言う。
「なあ、勝さんが現場でビデオを回したいっていうんだが、わしはそりゃ止めといたほうがいいって言うてたところなんだ。
監督がそんなのイヤや言うにきまっとるがな。あんた、ちょっと、行って監督に聞いてみい。そら止めといたほうがいいってワシは思うよ」
勝新 「いや。俺はね、いつだってやってんの。てめえの芝居が見えないからさ。それを見て研究するんだよ」
しかし山田は野上に監督の許可をもらってきてと繰り返す。
「いいよ。俺が聞いてくる。監督はもうセットに入ってるの?」勝新はどうしてもビデオを回したいらしい。直接交渉にいく勝新。
その交渉の一部始終を見ていた野上氏がこう語っている。
セットの奥で黒澤と勝新が話している。
ジェスチャでビデオの話をしているのが分かった。
監督は椅子にかけたまま体をねじってたばこを吸いながら勝の顔をじーとみている。
この時のことを後から黒澤さんから聞くと、
「はじめ勝が何を言っているのかサッパリわからなかった。俺はただ勝のメイクがやけにきついのが気になって、そればがり見ていたんだ」
ようやく勝の要求を理解できたらしく、黒澤は顔が一気に険しくなって放つ。
「断る!そんなことされだんじゃ気が散ってしょうがない。あんたは自分の役に集中していればそれでいいんだ。余計なことはするんじゃない!」
黒澤さんのこのぐらいの怒り方は、我々スタッフには並もいいとこ、中の下、震度2程度。
しかし、慣れない役者さんはヒキツケを起こす。勝さんはしばらく棒立ちだった。
「そんなことより早くちゃんと支度をしてきなさいよ!」
我に返った勝は憤然して、荒々しくセットを出ていった。
「何を考えてんだあいつは」と腹立たしそうに見送った黒澤さんは「行ってみてこいよ」とアゴをしゃくって私に言った。
共演した根津勘八はこう語る。
「突然、ドカドカって勝さんが衣裳部屋に戻ってきた。
むくれた様子で一言も言わずにどんどん衣装を脱ぎ捨てている。
僕は小便からと思った。そしたらいきなりカツラをむしりとって、脱いだ衣装の上にポンと放り投げて出て行った。
いくらなんでもトイレにしちゃカツラをとるのは変だし、やっぱりビデオのことで何かあったんだなと思いました。」
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勝新太郎VS黒澤明 最終決闘
勝新が怒って帰った!という知らせに製作部は大混乱。
「監督はカンカンだそうだ」「いや、勝さんが怒って飛び出した!」などと電話に飛びつく人、走る人。
勝の乗せたワゴンがいよいよ引き揚げると思われたが、ワゴン車は製作部前の噴水わきに停まった。
そこへ東宝の大物プロデューサー田中友幸が駆けつける。
そして、黒澤もワゴン車に向かう。
このときの彼の胸中には、ここが決断の時だ!ちょうどいい機会じゃないか。
と腹をくくっていたと思われる。
これまた、一部始終を見ていた野上氏が著書でこう語っている。
黒澤さんの姿が近づくとワゴンのドアが開き、長身の彼が身をかがめてステップを上がった。
私は黒澤さんを後から中を覗いた。その時、向かい合っていた勝さんと田中氏がいっせいに黒澤を見た。
田中 「なんとか気を取り直してセットへ戻っていただけないかと、今お願いしているんですがね」
田中さんが両方への気を使って笑いながら言った。
勝さんも黒澤さんが来たからといって突然軟化するわけにもいかなかったのか
「俺はこういう役者だから、こんな気分では芝居はできない」
そのようなことを黒澤に言う。
それを受けて黒澤は信じられないほど冷静な声で言った。
「それなら、勝君には辞めてもらうしかないな」
と言い捨てるや、くるりと向き直りワゴンを去った。
彼が私の脇を通るとき、同時に勝さんがガバっと立ち上がり、飛び出しそうな眼で黒澤さんを睨みつけて、殴りかかろうとした。
「勝さん!それはいけない!」
と勝さんより小柄な田中氏は顔を真っ赤にして勝さんを羽交い絞めにして、制止した。
黒澤さんはその騒ぎを背中で感じながらも、振り向くこともなくセットへ戻っていった。
セットに戻ってみると黒澤さんを中心にしてスタッフは円座を組み、話をしていた。
野上照代著書 「もう一度天気待ち」 より抜粋
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