宮崎駿が語る黒澤明「生きる」のファーストシーンの衝撃!

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ワンショットの力

アニメの巨匠宮崎駿が語る黒澤明。
「生きる」の導入部のシーンについて、以下のように語る。
河出書房新社発行 「黒澤明 生誕100年総特集」より抜粋

 

 

 

「生きる」は黒澤明監督作品の中でも屈指の名作である。
40年前の映画でありながら、今日でも力を失わないどころか、現代の方が更に観るものを掴む力を持っている。

 

多くの場合、時代の波にさらされて、現代劇の方が時代劇より早く色あせがちなのである。
「生きる」は誠に映画である。

 

フィルムのどこか途中から観始めても力のある映画は、瞬時に何か伝わってくる。

 

数ショットの映像の連続だけで作り手の思想、才能、覚悟、品格がすべて伝わって来る。

 

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生涯に何本と見れないフィルム

要するに、どこを切ってもたちまちあたりがはずれか判ってしまう。

 

B級C級はどこをとってもB級C級の顔しか出てこない。

 

力のある映画の連続するショット群の中には、その作品の顔ともいえるショットがいくつか含まれている。その映像は必ずしも山場にあるとは限らない。終章であったり、継なぎのシークエンスにさりげなくあったりする。

 

そのショットが観る者の脳に焼き付いて、記憶の中で作品全体の象徴に育っていく。

 

「生きる」では、そのショットが導入部の役所のシークエンスにあった。

 

書類の山の前で、主人公市民課の課長が書類をくり、判を押している。

 

書類をくり、判を押し、処理済みの書類に重ねる。

 

次の書類を取り上げ、チラッと目を走らせるが、読むほどの必要がない書類ということは先刻判っている。また判をとりあげ押す。

 

その男に背後に積み上げられた膨大な書類の山。
陰影の濃い画面、哀しい仕事を正確に律儀に繰り返す男の所作。

 

これは正座して観なければいけない映画だと、その瞬間に思った。

 

ひとりの映画監督が生涯に何本と創れないフィルムに、今出会っているのだと実感したのだった。

 

 

「生きる」のファーストシーンの美しさ

「生きる」には名場面といわれるシーンがいくつもある。

 

けれども、自分にとっての生きるは、書類の山に判を押す男の、このショットに凝縮されている。

 

本当になんて美しい映像だろう。
なんという映像をかつての日本映画は持っていたのだろう。

 

繰り返し思い出す。
何度も自問してみる。

 

どうしてそんなに感動したのか。あのショットの力の秘密は何処にあるのだろうかと。

 

以前から僕はストーリーやテーマメッセージで映像を論ずるのは、バカけてると思ってきた。

 

お役所仕事や、無意味な人生への揶揄だけであのショットが創られていたら、とてもあれほどの映像はつくれない。

 

古い築地塀や、時を経た壁面のような美しさが、あの書類の山にあるはすがないではないか。

 

極論すれば、あのショットとあらすじを聞くだけで僕は「生きる」が名作に違いないと論じてはばからない。

 

楽しみの為に映画を観る必要が無くなって久しいので、僕には映画を全部観ない悪癖がある。

 

白状するがタルコフスキーの「ストーカー」を称讃してやまないが、実は全部観ていないのだ。

 

おそらく後半の三分の一ぐらいを、しかもたまたまテレビで観ただけなのである。

 

それだけで自分には十分だった。僕は溢れてしまって、もうそれ以上望まなかった。

 

ものぐさでもあるのである。

 

全部通して改めて観れば、確実に感動は深くなるはずである。
また作り手はそれを望むはずだ。

 

でも僕は心底感動してしまった。これ以上は僕の手にはあまる。

 

 

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書類の山のショットは同じ衝撃を与えた。

 

その意味について、折にふれて自問を続けているうちに、やがてひとつの結論にたどり着いた。

 

それを無意味とするならば、判を押し書類の山を積み重ねる人生と、

 

映画フィルム缶を積み重ねる人生との間に、どれほどの差があるというのか…という事だった。

 

何かを成し遂げたから、生きることに意味があるのではない。

 

光と影があるならば、我々はいつも影の無惨さと共にある。

 

あの書類の山の存在感は何も小道具や照明がたくみだったからだけではなく、

 

あの陰影が我々の心に秘む精神のかげりに突き刺さるから、胸を衝かれるのだ。

 

一見積極的に生きること、他者の為に力を尽くす事の全面的肯定と受け取られる映画を、

 

映像のワンショットが、更に深い内奥まで開かせる力を発揮した。

 

黒澤明監督の「生きる」は、あのワンショットだけで真に素晴らしい作品と呼ばれるに価する映画になったのだ。

 

そんな映像はめったに創れるもんじゃない。

 

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