武満徹対黒澤明@  世界的巨匠同士のシンパシーを語りあう

世界的巨匠同士の対談

冬樹社「カイエ」1979年4月号より

 

武満 「ぼくは映画の専門家ではないので、気楽なおしゃべりは出来ませんが、先日《七人の侍》をテレビであらためて拝見して以前にも2、3度観ているんですが、それでもやはりびっくりしました。映写の条件がああいうふうで、きれぎれに観たのにもかかわらず、強烈な印象でした。とくに雨のシーンはカメラの見方というかカメラの位置にしてもあれぼど徹底したやりかたというのは他になかったんじゃないかなと思ったんですか…」

 

 

黒澤 「あの時あたりから使いだしたんです。あれに至る前は僕自身が相当追い詰められていたんですね。あの時は撮影にすでに一年ぐらい掛かっていて、野武士が襲撃する前のシーンあたりまで撮り終わったら、会社側がどうしても編集したのを見せてくれっていってきた。見てもおしまいのクライマックスが撮れてないんだから駄目だって言ったのにもかかわらず、会社側は強硬に申し入れてきたわけです。こちらとしては編集している間にもし雪でも降ったら大変なことになるから、僕を信用してもう少し撮影をやらせてくれと、あくまで突っぱねたんですけどね。編集するのにどうしても一週間以上掛かりますよね、あれだけのもの。結局会社側がおれて、どうかあとは思う存分撮ってくださいということになった。そうしたらその晩大雪。それで消防にも出てもらって、雪を溶かして、あのシーンを。
そうですね、10日掛からなかったですね。もうびしょ濡れの状態でね、毎日。真冬ですからね。最後の菊地代の死ぬ場面なんか、またみぞれになってきたんですよ。だからスタッフ自体の追い詰められた感が、あそこへ凝集してでてきているんだと思うんです。そういうものを利用するっていうんじゃないんだけど、なんというのかなぁ、不思議なめぐり合わせで全部そういうことになった。僕自身があの村を守っているみたいな、村で戦わねばならないような気持ちにね。でまあ、あそこをやったわけですね」

 

 

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モンタージュの方法

武満 「ものを創ってゆく時の、そういう理を超えたような状態というものが映画会社の人たちには分からないでしょうからね…。アメリカやブラジル等の若い監督たちが、意識的に黒澤さんの模倣というか、黒澤さんをお手本にしたいと思ってやっている。中には優秀な人がいるらしいんですが、そのひとりが黒澤さんの場合にはモンタージュがたいへん日本語の構文と似ているところがある、と言っています。黒澤さんのモンタージュはそういう日本語の構文と密着しているように思うといったらしいんです。たいへん興味深い言葉だと思ったんですが《七人の侍》の終わりの部分などを見ていても、あのモンタージュはアメリカであれを模倣して撮った《荒野の七人》、実際にジョン・スタージェスは《七人の侍》をロケセットで写しながらそれをワンカットずつ模倣して撮ったらしいんですけど、それにもかかわらず何か根本的に違うように感じたんですね。黒澤さんはたしかあの作品から、望遠レンズを多用されるようになり、またカメラを同時に数台使われたと思うんですが、何かそういう事とそのモンタージュの問題で、意識的にお感じになっていられたことがおありですか?」

 

 

黒澤 「あの時はもう追い詰められていましてね。例えばそれっと燃え上がってくるものを、途中でちょんぎってこういうカットで、その次はここから、こういう感情から始めてここまで、というように流れを分断することは本来は不可能ですよね。とくに激情的になってくる場面なんか。だからたいてい、僕はワンシーン、ワンカット、それを2台なり3台なりのカメラで同時に撮って、あとで編集する訳です。そういう撮り方をすると、ワンカット・ワンカットで撮ってゆくよりもぐっと短く凝集して撮れるんです。それで《七人の侍》を撮ってある程度自信がついた。それから後の作品は主に何台ものカメラで撮るようになったんです。あの手法でもう1つよいことは、俳優さんがカメラを意識しなくなることですね。どこにいて、どう写っているかということなんかを必要以上に考えなくてすむようになる。普通、クローズアップなんかでカメラが寄ってきたら、役者にそのカメラを意識するなといったって無理ですよ。でもまあ、必要に迫られ、そういう手法が生まれてくるんでね、最初はやっぱり当たり前のとり方をしてたんですけどね」

 

 

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予定調和じゃつまらない

武満 黒澤さんはご自身で脚本を書かれてご自分で演出されているわけですが、それでも映画というものは生きもので、その中に入ってみなければ、あらかじめこういう方法で、ということでは映画は撮れないんじゃないかと思いますね。

 

 

黒澤 「そうですね。一応、考えてるんですよ、こういうぐあいにこう…と。でもその通りになったときは、逆にもうたいへん不愉快ですね。ところが現実にはそうじゃなくて、途中でなにか未知数な要素が加わってこう不思議なことになってくるんですね。そういうところが自分にとってたいへん面白いし、またお客の方も面白いんじゃないかなと思うなあ。なんかこう、急に膨れ上がってきたり、予期しないように展開していったり。人間が考えることだから、ずっと先のことを考えても、たかが知れてますわね、神様じゃないんだから」

 

 

武満 「大島渚が《酔いどれ天使》を観て黒澤さんの映画は学ぶべきものが絵の中に詰まっている、それは単に技術上のことだけではなくて、実際に一枚の絵の中にものがいっぱい詰まっているということを書いていたと思うんですが《七人の侍》にはものがぎゅうぎゅう詰まっているって感じがするんです」

 

 

黒澤 「絵でもそうだけど、画面の張力っていうのがあってね、画面外のことも感じられるものではなくては画面でないみたいな。例えば子供なんかがよく絵に描くけど、ちょっと牛の尻尾が出てたりする、しかしそこには牛がいるんだなと思わせる、そういう描き方ですね。やっぱり映画ってのは映像と音ですからね。それが組み合わさった時にどんな効果が出るかっていうのは、実際にやってみないとわからないんです。それがまたとても面白いんですね」

 

 

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映像と音

武満 「僕も映画の音楽やってて面白いなって思うことありますね。今の映画音楽の在り様というのは、僕が考えている映画音楽の在り様からは、だいぶ遠いんですけれど。それでもあるスリルがあります。それと、黒澤さんが今お話になった画面外のものですね。黒澤さんはよく画面が見せているものと逆のものをひっぱり出そうとなさいますけど…」

 

 

黒澤 「まあ、簡単に言って、楽しいですね。現実音が街にながれていると、ほんとに楽しいですよ。街を歩いていたりどっかへいった時には、偶然に聞いたレコード、そういうものをなんとなく覚えているんですよね。そえがなんて名前のレコードなのか、すぐには思い出せないんですけどね。。そういうのをなんとか見つけ出してきて画面にかけてみるとパッとあたりするんですね。こういうのって、どこで計算しているのか、わからないんです。だけど自分で聞いててね、なんかこう、本能的に、ばあっと…」

 

 

続きはこちら  武満徹対黒澤明A「映画ってものが立ち止まっちゃった感じがしますね」

 

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