武満徹対黒澤明F 「ジョン・フォードはどこを切っても活動写真になるんだ!」

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緊張と対立

冬樹社「カイエ」1979年4月号より

 

武満 「いま、映画を撮る必要、その意味はなにか?ということで考えてるわけなんですけど、映画というのは現実には一人の監督の作品です。そして撮ってゆく過程で僕らスタッフや他の人が作品について発言し、徹頭徹尾ディスカッションをして、最後の決定権は監督に任せて、それに従わなければならない。ですから、それをなるべく大きく自分たちの問題にするようにしなければならないと、僕は音楽家の立場で考えてる訳です。たしか《野良犬》の時だったと思いますが、早坂さんの音楽が黒澤さんが考えていたものと違っていた。そこである衝突があったんでしたね。あの当時早坂氏と会いましたが、深刻にほんとに悩みに悩んでいて、僕らと他の話もしないでただそのことばかりでしたね。仕事が終わったときどんな顔をしているのかなと思ったら、非常にほっとした顔をしていた」

 

 

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黒澤 「いやね、せっかく書いてきたものをね、これはいらないよってことが、やはりよくありましてね。《七人の侍》でも野武士がずうっと来たところから、オーケストラで音楽がついていたんですね。それをトランペット一本でテーマの一曲を吹かして、それで切っちゃったわけです。それからなんかの時にもなたそういうことがあって、彼ががっくりしえるみたいだったので、撮影が終わってからすぐ早坂のところへ訪ねていったんです。そうしたら雨戸閉めたままでしーんとしてるんだな。それで彼に、あれはねあんたが悪いんじゃない、僕の考えが浅薄だったんで、そう気にしてもらっちゃ困る…。そんなふうにしてだいぶ話し込んだこともある。そういうことは起こりますよね。反対に音楽を録音して、こういう注文だしたけれどうまくいったかなと思って、まあ、最初のうちはどうにも乗ってこない。これは駄目だったかなって思っているうちに、どんでん返しになってくることがありますよね。ぐんぐん猛烈な迫力で、僕が想像していたのを越したようなことになってくることがありましたね。そういう時なんか、もの凄く興奮しちゃう。《羅生門》の時なんかそうだね。最初やり出したら、何だかチグハグに出来てる、と思ってるうちに、あるところから急に乗っていって考えてた以上にわあっと盛り上がってきちゃって。あのときはちょっと興奮したな。これは一例ですけど、そういうことはよくありますね。絵と音との波がおんなじになってるんだよね。だから逆にドラマと音楽との緊張関係が浅いと、全体がペラペラになっちゃうんだよ。音楽でもそういうのあるでしょう」

 

 

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武満 「実際に黒澤さんの映画では、映像と音という関係だけでなく、映画自身の中にそういうどうしようもない対立ってものが大きなテーマとしてあると思うんです。非常に骨太にその対立が」

 

 

黒澤 「ほんとに、映画と音楽っていうのは、切り結んで構わない。キャメラも思う存分暴れて構わない。すべてのスタッフがそうでなければならない。そうじゃないかなぁ。照明一つでもね。ここはこういうことじゃないかと思う、という一つの意見がでただけで、ガラッととんでもない膨ら方をすることもありますよね。ただ監督というのはそれでバランスを崩さずに、大きな岩みたいに膨らんじゃったものをちゃんと抱えこまなきゃね」

 

 

武満 「先ほど外国作家のことが出たんですが、例えばジョン・フォードでは西部劇が多いわけですが、西部劇的なものと《わが谷は緑なりき》のようなものでは?」

 

 

黒澤 「《男の敵》とか《怒りの葡萄》とか…」

 

 

武満 「どちらがお好きですか?」

 

 

黒澤 「両方とも好きだけどやっぱりなんと言っても西部劇じゃないですか。なんていうのかな、活動写真の楽しさみたいなものね。どこをぶった切っても活動写真って感じになるだろう、ジョン・フォードは特に。それが西部劇の時にとても良く出ていると思うな。それもある種の余裕を持って撮っているところがとても素敵だと思いますね」

 

 

武満 「黒澤さんは、映画がよほどお好きなんだなぁ」

 

 

黒澤 「そうですね」

 

 

武満 「もの凄い映画好きで、映画を撮っているってことが一番好きで」

 

 

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黒澤 「ところがね、いい映画を観ると興奮してね、もう帰りに一杯呑みにいこうって。ようやりやがったな、と思って、こちらも刺激されてすごく張り切るんですよ。だけど変な映画観ちゃうと間違って俺もこんな映画撮っちゃったらどうしようと、すごく臆病になるね。なんか悪夢観てるみたいでね。編集し直したってしょうがないような作品あるでしょう。そういうの観るとすごく臆病になるな。立派な映画観ると、俺もやったろうと思うけど」

 

 

武満 「パリゾーニの映画に《奇跡の丘》というのがありましたが、僕はあの映画の音の使い方にとても感心しましてね。単なる効果だけではない、音に対する確固とした認識があると思ったですね。現代音楽からインターナショナルや労働歌まで入っていたり、それが適確な入り方でした。また《メディア》では音楽の発生的な、発生の起源的なものだけを注意深く選んで使っているところが僕にはとても興味深かったです」

 

 

黒澤 「なんか能管みたいに聞こえましたね。なんですかあれは?」

 

 

武満 「あれは竜笛じゃないかと思います。日本人がああいう音楽の使い方をしないということはおかしいですよね。時代劇までハリウッドスタイルの洋楽だけですからね。我々はたくさんいろんな音楽を持っていながら。つまり映像が貧しいとどうしても音楽も貧しくなっちゃうんですよね」

 

 

黒澤 「そうですね。第一そこへ立派な音楽入れたら映画がつぶれちゃう」

 

 

武満 「日本の音楽家たちは、映画音楽を未だに低いものとして見ているんですよ」

 

 

黒澤 「そういう意味でも、僕は立派な映画音楽はレコードにして出したいと思うし、出さなきゃいけないと思いますね。早坂のものも、この機会に代表的なものはちゃんと入れ直してやらなきゃいけないね。第一それじゃなきゃ気が澄まない」

 

終わり

 

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