ロックジャーナリスト渋谷陽一が巨匠黒澤明を語る!自殺未遂について等

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黒澤が放つ肯定性とセンチメンタリズム

日本におけるロックジャーナリストの第一人者である渋谷陽一による黒澤明回想記である。

 

『ロッキング・オン』以外にも『Cut』などで俳優や映画監督などのサブカルチャー全般を釣り扱っており、雑誌の編集やインタビューなど、高く評価されている。

 

 

渋谷陽一が語る黒澤明

黒澤明は積極的に触れなかった

映画はそれこそ小学校の頃から怪獣映画やアニメを観ていました。

 

いちばん熱心に観ていたのは高校から大学にかけての時期なんじゃないでしょうか。

 

日本ではいわゆるアートシアター系のもの、例えば大島渚さん、篠田正浩さん、吉田喜重さんの作品とかが注目を浴びていた。

 

海外のものであるならばゴダールがあり、トリュフォーがあり、というような時代ですね。

 

そのころは、今は全然変わってしまいましたが、新宿のアートシアター、当時は新宿文化と言っていましたけれども、そういうところでよく映画を観ていました。

 

ぼくらは全共闘時代のもうちょっと下なんですけれど、同時代に熱意をもって迎えられていた一連のヤクザ映画、たとえば三島由紀夫さんが大絶賛した『総長賭博』なんかも熱心に観ていたりというような感じですね。

 

だから僕の場合というのは、同時代としての黒澤明、というのはあんまりないんじゃないでしょうか。

 

ちょっと小生意気な学生にとって黒澤明というのは、輝かしいものではあったんですけど、積極的に何かを見るというものではなかったですね。

 

僕の高校、大学時代は、ビデオなんて全然普及していませんでしたから、名画座や何かで一生懸命見なければいけない。

 

当時、そういうところでは、黒澤作品というのは積極的に取り上げられていなかったにおで、出会いは結構遅いんです。

 

意識的に黒澤を観たというのは、やっぱり劇場でしょうね。

 

正確なことはよく思い出せないですけれども。たぶん20代後半だったと思います。

 

映画が映画に成る瞬間

名作として『用心棒』とか『椿三十郎』とかを観て、腰を抜かしたという感じじゃないですか。

 

その時のショックというのはすごく大きくて、「もの凄いな。ここにこそ映画があるな」という感動を覚えて、黒澤作品に対して真っ当に評価することができるようになったんじゃないですかね。

 

そのころから「なんで日本人は黒澤明をちゃんと褒めないんだ」という気分はありました。

 

「作品が映画になったという瞬間、そういう瞬間が手に入れられたかというのはすごく大きいことだ」

 

とよく黒澤さんがおっしゃっていましたが、これは黒澤さんに限らず、ほとんどの映画監督の方がおっしゃることですね。

 

何でもそうだと思うんですけど、小説が小説でなければならない必然性、ロックがロックでなければならない必然性、

 

自分の仕事に即して言うなら、雑誌が雑誌でなければならない必然性という、

 

不可避的にそういうところへ作品が到達する瞬間というのは、やっぱり素晴らしいですよね。

 

黒澤さんの作品の中には、映画が映画でなければいけないみたいな必然性にたいなものが実現されている瞬間がたくさんあると思います。

 

例えば、『天国と地獄』で、ディテールをほとんど覚えていなくてダメなんですけれども、

 

刑事が誘拐犯の共犯者の家を探し当てて行くと、そこに「真珠貝の歌」が流れているんです。

 

蚊帳の中には死体があって、部屋にあるラジオがつけっぱなしになってて。

 

あの場面は戦慄が走りましたね。

 

本来なら非常に緊迫感のあるシチュエーションなんだけれども、そこに「真珠貝の歌」が鳴っているという。

 

場の空気感というか、それを実現するのは映画にしかできない。

 

そういうものがあそこには凝縮されていて、ああいう瞬間を体験すると「映画ってすごいな」と思いますね。

 

あと『椿三十郎』だと思うんですが、三船敏郎の主人公が地元の金持ちに接待されて、

 

じゃあこれからみんなで宴会をやるよと襖がバーンと開くと芸者(ばあさんでブスな芸者ばっかりなんだけれども)がドーンと揃っていて、ガーンと音楽が鳴って踊りが始まるというああいう一瞬。やっぱりすごいですよね。

 

まさに映画が映画でしかない一瞬がしっかりあそこでは定着させられていて、かつそれがエンターテイメントとして十全なカタルシスを感じさせるkというのはそうあうものではないですよね。

 

今の若い映像作家は「映画が映画になる瞬間」をただそれだけだと思っちゃうんですよね。

 

ビデオクリップのようにその場面だけを再生させようとするんだけれども、それじゃダメなんですね。

 

映画が映画でしかない一瞬ってのはちゃんとしたストーリーの流れがあって。

 

その全体の文脈の中においてその瞬間がちゃんときっちり位置づけられているところのカタルシスなわけですよね。

 

だから、2時間なら2時間、3時間なら3時間の映画を作り上げる体力がちゃんと存在してこそ実現可能なもの。

 

あれだけの表現ができる、映画が映画でしかない表現を作り上げていく、黒澤明のそういう力というのは素晴らしいですよね。

 

 

黒澤のヒューマニズムとセンチメンタリズム

やっぱり黒澤さんを支えていたのはある意味で戦後的なヒューマニズムであったと思うんです。

 

ヒューマニズムでありながら、同時にそれがおめでたい楽観性だけに支えられているのではない。

 

このへんがなぜもっと認識されないのか。議論が起きないのか、と思っていました。

 

というのは黒澤さんは一度自殺未遂までなさった方で、確実に一度はそこまでの絶望を感じられているわけですよね。

 

晩年の自殺未遂以前に、若い頃にも近いことをなさっているというのを、ご自分の書でお書きになっているんですが、そういう振れのある方だったと思うんです。

 

『カット』でお願いしたインタヴューでも、

 

「最終的に肯定的に人生をとらえていくという姿勢は変わらないですよね」

 

という質問をさせていただいたんですけど、絶望の中でもやっぱり人生を前向きにとらえていこうよと、常にそういうものであろうという意志を、凄く強く持っていらっしゃったと思います。

 

あと、自分の映画をよく、「泣き虫の映画だ」とおっしゃっていますが、僕もそうだと思います。

 

黒澤明の持つ映画の、僕らを打つ部分というのは人生を肯定的に捉えて行こうとするところと、

 

なかなかそれが出来ないということのセンチメンタリズムというんですか、泣き虫な部分、その両方だとおもうんですよね。

 

非常に強い男っぽい映画だと言われてますけど、やっぱり僕は基本的に泣き虫の映画だと思っています。

 

独特のセンチメンタリズムが作品の中には流れていると思います。

 

そのあたりが黒澤作品の非常にエモーショナルな部分だったという気がします。

 

黒澤明をヒューマニズムで語るというのがあまりにも当たり前のと、誰もが持つ感想で、それがつまらない世間一般の思い込みであるならば、あんまり繰り返し言うのはどうかなとは思いますが、

 

やっぱり僕は黒澤作品の本質と、黒澤明という表現者の本質というのは、人生に対する肯定性とヒューマニズムとセンチメンタリズムという、けっこうベタベタしたものを前面に打ち出したものだと思うんです。

 

ぼくはそこに凄く共感しますし、自分に近いものを感じますし、そういう部分で黒澤さんをもっと作品に即してみんな語るべきじゃないのかな。

 

完全主義者であるとか、あるいは非常につよいヒーロー性を求めているとか、いくつかの傾向性はありますけれども、

 

その辺が語られることで後期の作品というか、最晩年の作品というのも非常にわかりやすくなるんじゃないかなという感じがします。

 

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黒澤明と自殺観

自殺について語られないのも、やはりちょっと違うかなという感じがする。作品を観ればそういうのが見えてくるような気がするんです。

 

黒澤さんは僕がお伺いしたとき、「そんな大げさなものじゃないよ」と言っていたけれども、

 

非常に反権力的な理想主義者の側面も持ってらしたと思います。

 

ある時期共産党の地下活動を支持していたというか、活動家であったんですね。

 

人間はかくあるべきだ、人々は皆幸せに生きるべきだ、というそういう一種の理想主義に基づいて、自分のヒューマニズムを機能させようとしているし。

 

その中で逆を言えば、だからこそ絶望もしたし、傷つきもした。そういう人ですよね。

 

それはほんとうに作品に現れていると思いますし、黒澤さんが非常に権力的な方だという言われ方をしますけれども、全然僕はそうじゃないと思います。

 

とにかくインタビューの時の圧倒的な好印象が私には残っていまして。

 

ほんとに、黒澤さんは人の話をよく聞いてくれる人なんだなというのがめちゃめちゃ印象に残っていますね。

 

僕はインタビュアーとしてはあまりよくないのかもしれないですけれども、

 

自分の批評的な意見を聞いていただくというインタビューををよくやるわけです。

 

どうしても長く喋っちゃって、頭のいいひとは僕がグダグダ言う前に何を訊きたいかわかって答えちゃうんですね。

 

でも黒澤さんは絶対最後まで聞くんですよね。全部聞いてそれにちゃんとお答えになる。

 

ぼくはそれが全然できないんですよね。相手の質問を三言、四言聞くだけですぐ答えを言いたがる。

 

だからやっぱり人間の大きさが違うなと笑。

 

黒澤明でさえ、自分の年齢の半分ぐらいのやつの話をこうやって聞くんだからなと、そういう印象を持ちました。

 

成城のご自宅に伺ってインタビューしたんですけど、玄関まで送って手を振ってくださったのが一生の思い出です。

 

ただ「黒澤明」という事実と、180センチ半ばぐらいある身体の大きさですから威圧感はありましたよね。

 

とりあえず、「黒澤明」という名前にぼくはビビッてましたけれども、ご本人の態度からはそういうことは全くないです。

 

黒澤明であれば威張る必要もないですしね。

 

だけれども、才能ある表現者で、しかも集団作業を強いられる人というのは、多少恐いのはしょうがないことだと思いますよね。

 

僕はやさしい黒澤さんしか見たことがないからあれなんですけrども、TVのドキュメントで見るとほんとに恐いですよね 笑。

 

やっぱり恐いんだと思いますね。それは。

 

僕が黒澤さんのスタッフであったら、「とにかくいい方ですよ」というコメントはきっと出さないと思います 笑。

 

黒澤作品の中で、あえて好きな作品を挙げるとすれば、やっぱり『蜘蛛巣城』『天国と地獄』とか『用心棒』『椿三十郎』。

 

ああいう非常に娯楽性が高いものが好きですね。

 

ぼくは『影武者』から『夢』に至るところで、黒澤さんの死生観がちょっと変わったような気がしているんです。

 

そのことを突っ込んでお尋ねしたかったんですけれども、黒澤さんは「変わってない」とおっしゃいましたね。

 

それが僕のインタビューに臨んでの一つのテーマだったんです。

 

というのは、僕は晩年の超大作時代劇二本はけっこう暗い作品だなという印象、死に対する割と暗い認識を感じたんです。

 

けれども、そのへんが『夢』になったり『まあだだよ』になったりすると、何か転換したような気がします。

 

あえて批判的なことを言えば、当時吉本隆明さんが『カット』の連載で『八月の狂詩曲』についてちょっとご指摘になった、

 

黒澤さんの独特な核に対する姿勢とか、あるいは反権力的な姿勢というのが、すごく幼稚なままで出てしまう危険性というんですか、

 

今ふと思ったんですが、それは弱さとしてあるかもしれないですね。

 

インタビューで黒澤さんにそこを突っ込んで聞こうと思ったら「バカ」とか言われちゃって。

 

「ばか、もういいんだよ」「そうですか、はい」みたいなことで終わっちゃったんです。

 

恐いから黙っていようと 笑。

 

黒澤さん、黒澤作品についていろいろ批判はあるでしょうけど、いいんですよそれは。

 

いくらでも批判すればいいわけだし、批判がなければ現実的に意味がないわけで。

 

ただ間抜けな褒め方と間抜けな批判は嫌だなという気がします。

 

※4 河出書房新社発行 「黒澤明 生誕100年総特集」より抜粋

 

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