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黒澤明と『踊る大捜査線』
『椿三十郎』と『踊る大捜査線』
しかししつこく書けば、例えば『椿三十郎』の頃は実に、鋭敏な同時代感覚を持っていた。その証拠に橋本治氏の『完本チャンバラ時代劇講座』を開いてみる。
東宝のサラリーマン映画に出てくる”現代人”を大胆に器用し、黒澤作品にしては珍しく明らさまに二番煎じで明らさまに娯楽映画である『椿三十郎』。『用心棒』が荒れた桑畑の西部劇なら、こちらは”椿屋敷”に象徴される、典雅で退屈な武家社会の、それはそのままサラリーマン社会であるような… 三船用心棒と東宝サラリーマン映画の合体作品…
さすがにリアルタイムで観た方の指摘である。橋本氏はさらに続ける。
「城代家老の甥で血気さかんな青年たちのリーダー格となるのがあの「若大将」加山雄三。若大将がいれば当然「青大将」田中邦衛もいて、久保明、太刀川寛、土屋嘉男…東宝の特撮、サラリーマンスターがズラリです。これに人にいい下級武士で小林佳樹、城代家老の娘で団令子ときたら、一体これのどこが黒澤だ?東宝のサラリーマン喜劇じゃないか?っていう顔触れです。
ここで黒澤は”三十郎”というハードボイルド的キャラを投入し、当時に特撮&サラリーマンスター、若大将に青大将、もっと言えば東宝映画的なるモノすべてを批評的に眺めているような気がする。
いわば大ヒットした『用心棒』のおまけとして続編を作らねばならなくなった己自身も含めて、組織におけるてんやわんやを思い切り洒落のめしているようにも思える。
そんなセンスが時を経て、現在ピラミッド型の階級システムである以上、警察も完璧なサラリーマン社会であることを示した『踊る大捜査線』へと引き継がれたのだ、と云ったら言い過ぎか。
つまり”三十郎”のごとき自由きままなヒーローの存在しえない世界を舞台にしているのが『踊る大捜査線』なのだ。しかしこの時点で黒澤はのちのハリウッドというとてつもなく大きいシステムとの闘いが待っているとは知る由もなかっただろう。歴史とは何とも不可解なものだ。
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クロサワは様式的なリアリスト
『踊る大捜査線』でキャリアとノンキャリアの狭間に立たされ苦悩の表情がトレードマークだった室井管理官に、『椿三十郎』の私服を肥やした藩の懐刀でありながら三十郎にもシンパシーを感じている素浪人の室戸半兵衛のキャラクターは何か影響していないのか?と本広監督に尋ねた。
すると「あ、なるほどね」と気を遣って頂いただけでなく、別の角度から黒澤映画についてのこんな興味深いコメントをもらった。
「実はね、『踊る大捜査線』の構図ってちょっとアニメっぽいんですよ。登場人物が多くて、なんとかして役者さんの顔を全部映したいと思うと、アニメの1コマのような引いた構図の画になってしまうんです。でね、それって黒澤映画も同じなんですよ。」
実はそう思っていたのは本広監督だけではなかった。再び『完本チャンバラ時代劇講座』を開いてみると、
『椿三十郎』の冒頭、古い神社のお堂に集まった9人にお若侍が大目付の手の者に取り囲まれ、それを三船三十郎が奇計を用いて追い払った後のこと。横長画面の右端に座って三船三十郎が無精ひげを撫でていると、その後ろには加山雄三を中心とした9人の若侍が右から左へきれいに一列に並んで手をついている。
横一文字のまったく様式的な構図ですよね。そして「これからおまえたちどうする?待てよ、今日の話だと城代家老が危ない」と三十郎が次のドラマ展開を暗示すると、座って手をついていた若侍がパッと一勢に立ち上がる…その立ち上がり方というのが、中央に腰を下ろした加山雄三はそのままで、その後ろに1人が立ち、その両横に2人が立ちという具合に9人が一団となって「富士山の構図」を作る。中央が立って両端が膝をついたままならそうなるのは当然ですが、リアリスト黒澤明というのは、実に様式的な人でもあったのです。
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クロサワにみるアニメーション感覚
かつて1970年ごろ、黒澤と手塚治虫が組んで『平家物語』をアニメーションで作るという企画があった。惜しくもこれは手塚側の都合で流れてしまったが、画家を目指していた黒澤にとっては、けっして無茶な企画ではなかったろう。
往々にして黒澤映画では登場人物たちが「車座」になる。内田百聞の教え子たちが何度となく囲んだ遺作『まあだだよ』まで、「車座」は非常に特徴的なモチーフだ。”一枚の絵”として多くの人物をダイナミックにはめてみせる構図の坐りの良さ。それは黒澤映画にアニマ(精霊)が宿る瞬間だ。
思えば監督デビュー作『姿三四郎』の池の中に飛び込み、一本の木にすがり一夜を明かして、美しい蓮の白い花が咲くことで、三四郎が柔道の極意を悟る有名なシーンはどこかのアニメーションを見るようだった。
『羅生門』の美しすぎる木漏れ日など、本末転倒した言い方になるが、まるで宮崎駿作品の透過光にたいではなかったか。今後もし、『七人の侍』のような時代劇をとろうとすれば、それはもうデジタルアニメでしか成立し得ないであろう。
60年代にマカロニ・ウエスタンを、70年代にスペースオペラと武侠映画を生み出した黒澤映画、80年代にはスピルバーグやスコセッシを動かし…いやもういいだろう。
1998年はたまたま『踊る大捜査線』だったのだ。『プライベートライアン』でもよかった。昨年ならば『もののけ姫』で黒澤のことは存分に語れたろう。そして『AKIRA』という名の作品を持っている大友克洋の製作中の新作『STEAM BOY』。それが「鉄と蒸気機関」をモチーフにしていると聞いただけで、シナリオのみで未完に終わった『暴走機関車』のことを思わず想起させてしまうのはなぜなのか。
その時々の頂きを目指すものに、黒澤明の光と影は必ず射すだろう。これからもきっと。
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