マーティンスコセッシ「タクシードライバー」孤独な男から生まれた孤独な男の物語

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「タクシードライバー」は最高の「孤独な生き方のすすめ」

筆者は決して友達が多いわけではないが、割合周囲の人から相談を持ちかけられる。
「好きな人とうまくいかない」「彼氏、彼女にふられた」「こんな辛い出来事があった」
無愛想で無表情な自分にいったい何を期待しているかは分からないが、なぜだかこんな相談をよくされる。
一応は自分を頼ってくれているのだからと思い、こちらもそれなりに一緒に悩んで
「こうしたら良いんじゃない?」「次があるよ、頑張ろう」「気にすることないよ」
基本的には励ましたり、応援したりするだけだ。
明確な答えなんて導き出せないし、その辛さはその人にしか分からないだろう。
それでもしっかりとその人に寄り添っているつもりではいる。
そんな自分にも時には悩み事がある。恋の悩みだったり、仕事のことだったり、将来の不安だったり。
だから自分も頼ってくれた人に時折悩みを打ち明ける。決まって答えはこうだ
「そっか、大変だね。そういえば私ね…」
いや、待て!!お前のことなんて聞いていない!!俺の話がしたいんだ!!…
しかし自分の悩みは右から左だ。
解決策までは求めていないにしろ、自分だって励ましたり、応援してもらいたい
「頑張ろうよ!」「気にするなよ!」
そんな声が聞きたいだけなのに、いつもその一声は聞けない。
そんな事が何度かあってから、自分はもう人に悩み事を相談することはしなくなった。
元から友達や、気のおける友人が少ないので孤独感はさらに高まる。
でも齢を重ねるごとに「別に孤独でいい」と思う気持ちは強まっていく。
孤独でいることが悪いなんて誰が決めたんだと勝手に憤っている。
孤独を手繰り寄せ、孤独に浸って生きてやる。今はそう思っている。
まぁそれでも、やっぱり寂しくなる夜はあるのだが。

 

多くの映画好きが孤独を手繰り寄せ、孤独に浸る男と聞いて真っ先に思い浮かべるのは
「タクシードライバー」のトラヴィス・ビックルだろう。
トラヴィスは人一倍寂しがり屋で、自意識過剰で、孤独に苛まれすぎて夜も眠れない。
恋人がいなければ、友達もいない。
眠れないから夜な夜な映画館でハードコアポルノの二本立てを見る。
それでも眠れない。寂しくて、孤独だからだ。
だから彼はタクシードライバーとなり眠れない夜をどうせなら金に換える。
人と人が寄り添うニューヨークの夜をトラヴィスは一人孤独にタクシーで流す。
トラヴィス・ビックルはニューヨークの夜を走る孤独だ。

 

「タクシードライバー」は1976年のアメリカ映画。
監督はマーティンスコセッシ、脚本はポール・シュレイダー、出演はロバート・デ・ニーロ、シビル・シェパード、ハーヴェイ・カイテル、ジョディ・フォスターなど。
この映画は脚本家のポール・シュレイダーが「暗殺者の日記」という本から着想を得たストーリーだ。
「暗殺者の日記」はアラバマ州知事のジョージ・ウォレスを銃撃した犯人アーサー・ブレマーの日記をそのまま本にしたものだ。
このアーサー・ブレマーという男も孤独だった。
誰からも相手にされず、孤独に苛まれた男だった。
「タクシードライバー」はまさしく孤独な男から生まれた孤独な男の物語なのだ。

 

トラヴィス(演:ロバート・デ・ニーロ)はタクシードライバーを始めてから少しずつ孤独から開放され始める。
トラヴィスはある日選挙事務所で働くベッツィー(演:シビル・シェパード)に恋をし、なんとかデートにまでこぎつける。
しかしあろうことかトラヴィスはベッツィーとのデートでポルノ映画を観に行ってしまう。
「こんなの観させるなんて、ヤらせろって言っているのと同じよ!」
彼女は激昂して去ってしまう。
なぜトラヴィスがこんな事をしでかしたのか、理由は映画の中では語られない。
もしかすると単純に女性との接し方に慣れてなさすぎたのか、あるいは孤独に苛まれ膨れ上がった自意識が、無意識に人を遠ざける行動をさせたのかもしれない。
おそらく彼は無意識に孤独を手繰り寄せてしまう人間なのだ。
孤独に苛まれながらも、孤独でいることこそが彼のアイデンティティなのだ。
孤独から開放されようとしているのに、どうしても彼は孤独に向かって行ってしまう。
人とつるむより、つるんでる奴らを冷笑してやりたい。
ベッツィーがデートから去った後、彼は日記にこう書く。
「結局、ベッツィーも他の女と一緒だ、冷たくてよそよそしい。奴らはまるでつるんでいるみたいだ」
ベッツィーに見放された後のトラヴィスはまるで何かを証明したみたいに、少し嬉しそうな、勝ち誇ったようにも見える。
周囲が離れていけば行くほど、孤独になればなるほど、トラヴィスという人間は生きるための強さを手に入れていく。

 

トラヴィスを孤独にさせたのは何だったのか、これも映画では語られない。
ベトナム戦争帰りという過去がそうさせているのかもしれない。
ただ、ベトナム戦争も含めてだが、彼を孤独にさせたのは社会だろう。
この映画の舞台は1970年前後だ。この時代アメリカではかつて被差別側にいた人々、反体制側にいた人々が力を伸ばしつつある時代だった。
黒人はブラック・パワームーブメントで彼らのカルチャーや陽気さ、身体的なマッチョはセクシーな存在として見られ、女性もウーマン・リブ運動で少しずつ社会参加を始める(ベッツィーがまさにその象徴だろう)、反戦運動をしていたヒッピー達はネクタイを締めヤッピーとしてインテリを気取っていた。
いつかはトラヴィス同様社会の下にいた人々が、トラヴィスが戦争から帰ってきたらいまや皆楽しそうにつるんでいる。
戦争と社会の変化によってトラヴィスだけが幸福や楽しみから締め出された。まるで浦島太郎だ。
そして目の前でベッツィーという意中の女性にまで裏切られた(自分が悪いのだが)。
トラヴィスの自我はますます膨れ上がる。
この傷ついた男を慰められるものは何なのだろうか。

 

傷ついたトラヴィスはある計画を立てる。
それはベッツィーが務める選挙事務所の立候補者チャールズ・パランタイン上院議員の暗殺だ。パランタインは次期大統領候補だ。
ここもなぜトラヴィスがこんな計画をに思い至ったのかは映画では具体的には語られない。
おそらく彼の孤独な自我が膨れすぎた結果だろう。
どんなにこちらから寄り添おうとしても自分の前を通り過ぎていく人々、信じた人(ベッツィー)にも裏切られ、ベトナム帰りの英雄のはずのトラヴィスを誰も相手にしない。
悪いのは俺じゃない。
俺のような孤独な人間を作り出す社会だ、政治だ。
パランタイン暗殺計画はトラヴィスの怒りではない。トラヴィスの使命だ。
神に選ばれし孤独な男の特別な任務だ。
彼は全世界の孤独な人々のために社会をぶっ壊さないといけない。
トラヴィスは闇市で拳銃を手に入れる。腕立て、腹筋を始める。
特別な任務のための訓練だ。
「俺の前を通り過ぎて行った奴らめ、目にモノ見せてやる!」
トラヴィスの目に狂気の色が帯び始める。

 

そして計画当日、トラヴィスはあのあまりにも有名すぎるファッションで身を固める。
モヒカンにサングラス、M65のミリタリージャケットに色あせたジーパン、カーボーイブーツ。
モヒカンはインディアンの死をも恐れぬ闘争心、ミリタリージャケットはベトナム戦争という彼の殊勲とルーツ、ジーパンとブーツは彼が時代に取り残された男(カーボーイ)であることを意味している。
しかし結局トラヴィスの計画は成功しなかった。
代わりにトラヴィスは12歳の娼婦であるアイリス(演:ジョディ・フォスター)を囲っていたチンピラとマフィアを殺し、アイリスを娼婦の道から救う事になる。
同時にトラヴィスは大負傷することになるが、メディアは彼を少女を救ったヒーローとして取り上げた。
きっかけは何にしろ、トラヴィスは社会のシステムに抵抗したヒーローとなった。
退院したトラヴィスの部屋には新聞に載った自分の記事が貼られている。
事件の前とは少し違った柔らかな表情でタクシードライバー仲間と話すトラヴィス。
彼は少しだけ孤独から開放されたようにも見える。
しかしトラヴィスの目はどうだろうか。ラストショットで彼が再びニューヨークでタクシーを流すその目、何も語られはしないが個人的にはまだその目に孤独が産んだ狂気が帯びているようにも見える。
もしかすると、帯びていて欲しいとただ筆者が望んでいるだけなのかもしれないが…

 

冒頭にも書いたように、筆者もトラヴィスと同じように孤独を手繰り寄せるような生き方をしている。…というよりそうなってしまった。
誰に頼ったって意味はない。自分を救えるのは自分しかいないと思っている。
そしてまさしく中二病よろしく、自分も神に選ばれし孤独な人間だと思っている。
でも、それでいい。
もちろんトラヴィスのように拳銃を手にし社会をぶっこわしてやる!だなんで思ったりはしない。
しかし、代わりに違った形で自分のこの孤独な思いや、辛さをどこかに吐き出してやろうと思っている。
それがこうして文章を書いてみる事なのかもしれないし、他の何かなのかもしれない。
孤独な人間は孤独を嘆いてばかりではいられない。
振り切って孤独を手繰り寄せ、そこに浸るのも良いだろう。
ふつふつと怒りと鬱憤を貯め、周囲から見たら情けないほどに自意識を膨らませ続ける。
もちろん銃を手に取るわけにはいかないが、自分だけができる形でトラヴィスよろしく
「目にモノ見せてやる!」
と怒りと鬱憤を爆発させれば良い。

 

大丈夫。
きっといつかできる。
周りの奴らなんて、気にしなくて良い。

 

「タクシードライバー」はなかなかに狂った映画だ。
主人公トラヴィスの思考過程はあまりにも危険すぎる。
しかし彼は筆者のような孤独な人間の延長線上にいる。
彼は弱者を救うヒーローになった。やり方は完全に間違っているけれど、感情を爆発させて行動するその様は僕らに少しだけ勇気をくれる。
何よりこの映画の監督マーティン・スコセッシ、脚本家のポール・シュレイダーもまさしくトラヴィスのような孤独な人間だった。
ポール・シュレイダーはどんな男でも寝ると言われた女優にすら拒絶された、スコセッシは近寄ってくる女を自分の名声目当てだと決めつけとわめき散らした人間だ。
二人とも自ら孤独を手繰り寄せる人間だ。
この映画は彼らの孤独の爆発だ。
トラヴィスが銃を手に取ったように、彼らはペンとメガホンを取った。
違いはそれだけだ。
だからきっと孤独な人間にしか表現できないものがある。
「タクシードライバー」は最高の「孤独な生き方のすすめ」なのだ

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