人間は時に、姿形の無いものに必要以上に怯え、それにとらわれ、まるで呪われたかのようにそれらから逃れられなくなってしまうことがある。
別に姿形がないんだから、そんなもの気にしなければいいじゃないか。
と、言われればもちろんそれまでだが、なかなかどうして一度気になってしまうと頭から離れない。
いつの日か見たホラー映画のシーンを急に思い出し、眠れなくなった事がないだろうか。
逆に姿形あるものなら対処法がある。
怖かったら思い切って「近づくな!!」と叫べば相手もひるむかもしれないし、最後の手段として暴力に訴えることも可能だ。
しかし姿形のないものは意外に対処法がない。
叫ぼうにも、暴力を振るおうにも相手が目の前にいないのだ。
いるのは頭の中だけ、忘れよう、考えないようにしようと思うほどに頭の中に現れ、そしてあなたの頭を支配する。
「サスペンスの神様」と称されたアルフレッド・ヒッチコック監督の「レベッカ」はまさにそんな姿形のない恐怖を描いた恐ろしい映画だ。
今日はそんな恐ろしい映画「レベッカ」について書いてみよう。
「レベッカ」は1940年公開のアメリカ映画。
監督は前述の通りアルフレッド・ヒッチコック。
出演にローレンス・オリヴィエやジョーン・フォンテイン、ジュディス・アンダーソンなどが名を連ねている。
ちなみに同名の原作小説があり、これはダフニ・デュ・モーリエという女性作家の作品であり、ヒッチコックで言えば「鳥」も彼女の小説を原作としている。
ストーリー
ストーリーを簡単に説明すると
ある貴族に仕えていた貧しい少女の「わたし」(演:ジョーン・フォンテイン。作中では役名が出てこない)はイギリスの貴族マキシム(ローレンス・オリヴィエ)に気に入られ結婚することになる。
いきなり上流階級の人となった「わたし」。使用人のたくさんいる海辺の大豪邸に住んで、夢みたい!!なんて思っていると、なんだかこの家、、、おかしい。
家族や使用人以外の誰かがいるような、常に誰かが見ているような、そんな姿形の見えない「何か」に次第に「わたし」の精神は犯されていくのであった。
「何か」は一度も出てこない
この映画を観た人は冒頭から読んでいただいていれば分かるようにこの「何か」というのはもちろん「レベッカ」である。
レベッカは「わたし」が新しく住むことになる豪邸の主人であるマキシムの前妻。
彼女は不幸なヨットの事故によって一年前に亡くなってしまった。
レベッカはその気品の高さや美しさで、周囲からとても愛されていた。
一方新妻である「わたし」は高貴な生まれでもなく、絶世の美女というわけでもない。言ってみればただの田舎の若い女だ。
しだいに「わたし」はレベッカの大きすぎる存在に悩まされる。
レベッカのような存在になろうと思っても余計に差が広がり、夫からは見放され、前妻レベッカに心酔していたダンバース夫人(ジュディス・アンダーソン)には妻の資格が無いと冷遇され「ほら、死んでしまいなさいよ」と恐怖で洗脳される。
そして大豪邸の邸宅の中にはレベッカの所持品の印である「R」のマークが家具、服、細にはレターヘッドに到るまでそこかしこに刻印、刺繍されている。
こうして「わたし」はレベッカの呪いに囲まれていく。
誰と話しても「レベッカ…レベッカ…レベッカ…」
家のどこを見回しても「レベッカ…レベッカ…レベッカ…」
私の頭の中も「レベッカ…レベッカ…レベッカ…」
彼女はレベッカという亡き者に呪われ、支配されていく。
そして驚くべきことにこの映画、肝心のレベッカは何と一度も姿を表さない。
回想シーンもなければ、写真でも出てこない。
「彼女は美しかった」「彼女は完璧な人だった」「彼女は気品があった」
全てレベッカに関する口伝てだけで観客はレベッカを想像するしか無いのだ。
それにも関わらずこのレベッカという存在はこの映画にずーんと深く、そして不気味に横たわっている。
「わたし」がレベッカの呪いに囲まれたと先述したが、「わたし」だけではない
「わたし」を呪い、夫であるマキシムを呪い、そして観ている私たち観客をも呪うのだ。
そう、この映画は「レベッカ」という姿形のない女に呪われる映画だ。
「レベッカ…レベッカ…レベッカ…」
観ている途中も、観た後も「レベッカ」という言葉が頭から離れない。
こんなに存在感のあるキャラクターを作り出しながら、その実、映画にはそのキャラクターが一秒も出てこない。
それにもかかわらず映画に横たわるレベッカの恐怖は、もはやストーリーだけでなくヒッチコックの美術、カメラ、編集まで含めた総合的なディレクションから産まれる映画的マジックが生み出したと言っても決して言い過ぎではないだろう。
特にマキシム邸の重厚感のあるインテリアやどこまでも続きそうな迷宮のような部屋の移動を見せるシークエンスは「この呪いからは逃れることができない…」という絶望感すら感じさせられてしまう。
加えてダンバース夫人のキャラクターデザインも秀逸だ。
彼女はもはやレベッカの呪いを体現するようなキャラクターで、彼女がいることでレベッカという呪いの正体を登場させなくても、この映画を呪いで満たすことに成功している。
とにかく細部にわたって「サスペンスの神様」アルフレッド・ヒッチコックの手腕に唸らせられる作品である。
そして最後にはサスペンス映画としての大きな展開もしっかり描かれていて、観ている側は右に左に振り回されて真実を見逃すまいと映画に没頭してしまうのだ。
アルフレッド・ヒッチコック、恐るべしである。
古今東西、サスペンス、あるいはホラー系の映画でこれと同じような構造の映画はとても多いように感じられる。それらの元になっているのは間違いなくこの「レベッカ」なのだ。
個人的にはサスペンス、ホラーのどちらとも言い辛い部分があるがスピルバーグの初期の作品である「激突」が類似作品としてみると面白いなと思った。
この映画は「レベッカ」と同じような手法をとりつつ、まったく違った味に料理している作品だと思うので併せてみると興味深いだろう。
姿形のないものは一度とらわれるとかなり厄介だ。
なかなか頭から離れないし、ふとした瞬間に思い出してしばらく振り払えなくなる。
だから「レベッカ」を観る時は要注意だ。
あなたの頭が、姿形のない女に支配されてしまうかもしれないから。
「レベッカ…レベッカ…レベッカ…」
心して観ていただきたい。
MANJU
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