映画レビュー

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ゴールに向かって走るのか、走る先にゴールが生まれるのか

大人になると、自分の本当に好きなものはなんだろう…と悩みながらも、そこまで気持ちの入らぬ職に就き、いつのまにか夢も目標も無かったことにして、日々の忙しさに忙殺されている人は多いのではないだろうか。
誰だって子供の頃には少なからず夢はあっただろう。
サッカー選手になりたい、花屋さんになりたい、役者さんになりたい、パン屋さんになりたい。
その純粋無垢な気持ちは、誰でも目の当たりにする現実や、周囲の変化でいつのまにかすり減っていく。
だからなのか、私たちはいつまでも夢をみている人をみると哀れな目でその人たちを見る。
この年になって夢なんて、この年で花開いてないんだからもう無理だって、いつまでも子供でいないで、大人になれよ。
そんな目で夢見る人々を遠ざける。
それは本当に夢を見ることの厳しさを知っているからかもしれないし、自分がいつの間にか置いてきてしまった純粋無垢な気持ちを持つ者への嫉妬かもしれない。

 

好きだから、好きで好きでたまらないからといって、誰もが望んだ結果を得られるとは限らない。
というよりほとんどの人々がその夢を諦め、違った何かに行き着くのだろう。
でもそれが、その人にとっての夢の終わりだと決めつけることができるだろうか。
例えば、35歳になってまでプロのミュージシャンを目指した彼は、プロにはなれなかったけれど、彼の音楽活動の経験が生き、音楽ライターとしていつの間にか有名になるかもしれない。
例えば、ファッションデザイナーを目指していた彼女は、自分の服は売れなかったけれど良い服を見抜く力がついて一流のバイヤーとして色んな企業から引っ張りだこになるかもしれない。
もちろんどんな生き方が正解か、そんな事は誰にだってわかる訳はない。
夢を追い続けて、本当に陽の目が当たらずに果ててしまう人だってきっといるだろう。
でも、自分が好きで好きでしょうがなかくて、どうしても諦められない何かを追い続けた人にはそれ相応の報酬があるのではないかとどうしても思ってしまう。
だって好きなものにかける情熱は、他には比べられないほどのパワーを生む。
ハタから見たら理解できないほどにそのパワーはすさまじい。
誰が何を言っても意に介さないようなその向こう見ずなパワーは、たとえ方向が間違っているにしても、色んな方向から色んなものを吸い寄せる引力が働くものだ。
時にはそんな向こう見ずなパワーが、目指していたものを突き破り、新しい幸せや夢につながることだってあるかもしれない。

 

「麗しのサブリナ」という映画を観るとどうしてもこれまでぐだぐだと述べてきたような事を考えざるを得ない。なので今日はそんな「麗しのサブリナ」について書いてみよう。

 

「麗しのサブリナ」は1954年公開のアメリカ映画。
監督は「サンセット大通り」や「お熱いのがお好き」などのサスペンス、コメディ両面で傑作を数多く残すビリー・ワイルダー。
出演はオードリー・ヘップバーン、ハンフリー・ボガード、ウィリアム・ホールデンなど。
お話の筋は極めて分かりやすい、逆「ロミオとジュリエット」ものだ。
主人公のサブリナ(演:オードリー・ヘップバーン)はアメリカの大富豪ライナス・ララビー(演:ハンフリー・ボガード)の専属運転手の娘。いわば大豪邸に使える仕様人である。
サブリナは幼い頃こから大富豪ライナスの弟デイヴィッド・ララビー(演:ウィリアム・ホールデン)に決して届かない一方的な想いを寄せてきた。
しかしデイヴィッドは放蕩息子ならぬ放蕩弟、結婚離婚を繰り返し、はサブリナの想いなんてどこ吹く風なのだ。
しかしサブリナはどうしても諦められなかった。
大豪邸のパーティーの日には木によじ登り貴族の晩餐会に羨望の眼差しを向け続けた。
そんなサブリナだったが、身分の違いからその想いは届くはずもないと思った父親が彼女をパリに料理修行の留学に出してしまう。

 

パリでの料理修行中もデイヴィッドを忘れられないサブリナ。
そんなサブリナをあのオードリー・ヘップバーンが演じるのだから可愛くない、愛おしく感じないわけがない。それだけに身分の違いを乗り越えろ乗り越えろとこちらも応援してしまう。
そうして修行を終えたサブリナはひとまわり程の自信と、成長した女性のたくましさ、美しさを加えてアメリカに帰ってくる。
成長したサブリナを見たデイヴィッドは彼女をサブリナとも気づかずに彼女に一目惚れしてしまう。
かくして二人はうまいこと結ばれるのであった…

 

と言いたいところだが、もちろん名匠ビリー・ワイルダー。
単なる古典的な話では終わらない。
「麗しのサブリナ」はロミオとジュリエット程分かりやすくはない。
ロミオが木に登ってジュリエットの手を握ろうとした時に、急に彼が足をすべらせて地面にまっさかさまに落ちるくらいでないと、映画史に残る作品は生まれないのだ。
木から真っ逆さまに落ちるわけではないが、サブリナの運命はこの後全く違う方向に走り出す

 

ここで冒頭に話を戻したい。
夢に向かって必死に努力し続ける人々に関して書いたが、これは言わずもがなサブリナの事だ。
彼女は幼い頃からデイヴィッドに憧れ、彼が何度結婚しても彼のことを諦めなかった。
こんな事は並にできるものではない。
そして彼女のその想いは報われた。
20年以上にもわたるであろう彼女の想いはついにデイヴィッドに届いたのだ。
しかし、実は彼女のその想いはある別のものを引き寄せる引力まで持ち合わせていた。
それがなんなのかはここでは語らない。

 

でもこの映画の中で筆者が感じた重要なことだけは重ねて伝えたい。
それは、何かを強く愛し、そしてそれを強く追い求める事の素晴らしさだ。
それは、本当に強いエネルギーを生む。
ある時は自分が求めていたもの以上のものを、ある種の人生の真理、人生の答えのようなものまで与えてくれるのではないかと思うのだ。

 

きっと人は、初めから正解の方向を決めて向かって走って行くのではない。
思いっきり走っているうちに正解の方向が分かってくるのだ。
もっともっと話を元に戻そう。
大人になると、自分が何が好きかなんて事すら分からなくなってくる。
つまりは走る気力すらもなくなってしまうのだ。
それでも、それでもやっぱりどこかに向かって走らないといけないのではと思う。
そうしていくうちに走るべき方向が見つかるのかもしれない。
気づいたら真逆の方向を走っているかもしれない。
全くコース外の森の中を走っているかもしれない。
それでも走り続けないと正しい方向はきっと分からないはずだ。
サブリナがゴールは求め続け、全く別のゴールを見つけた。
きっと誰だって走り続けなければ本当のゴールにはたどり着けないのだ。

 

一見一昔前のラブロマンスに見えて、「麗しのサブリナ」はこんなにまで強く励まされてしまうパワーに満ち溢れている。
それは一途な想いを寄せ続けるサブリナを演じるオードリー・ヘップバーンの愛らしさが一因ではあるが、決してそれだけではない。
彼女を応援する仕様人のチームワークも見ていて微笑ましい。
加えて放蕩息子のデイヴィッドの成長もこの映画では描かれているし、何よりデイヴィッドの兄である鉄仮面ライナスの変化もとてもナチュラルに、且つ繊細に描かれている。
一人一人のキャラクターデザインが本当に素晴らしい。
このあたりは白眉と言う他ないだろう。

 

こうして俯瞰してみると、決して夢を追いかけ続ける人間だけの物語ではないことが分かる。
登場人物全てが愛すべき人物で、彼ら全員がサブリナを起点に大きく変化するのだ。
その過程を見て行くのがこの映画の本当の楽しみ方かもしれない。

 

「夢」だったり「愛」だったり、それを本気で追い求められる人は強い。
でも、その両方がない人もいるだろう。
でも、この映画を見ればそれがあることの幸せに気づくはずだ。
誰かが好きだとか、ちょっとだけ趣味があるとか、なんかやってみたいな?とか、そんなことでも良いのかもしれない。
それを本気で追い求めた時に、きっと”正解”めいたものがぼんやりとでも見えてくるのではないのだろうか。
「麗しのサブリナ」を観るとそう思えてくる。
そう信じても良いんじゃないかと思えてくるのだ。

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