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ものつくりと完璧主義
黒澤明は完璧主義と言われることについて、
「ものを創る奴が完璧主義でなくてどうするんだ。」
と、言っています。
この言葉の意味は、ものを創る奴は「完璧な作品を創れ」ってことではなくて、「完璧な作品を目指せ」ということでしょう。
結果、どうあがいたって自分が描いた完全な作品になることは不可能なわけだけど、完璧を目指すことではじめて近づくことが出来る、という意味で私は解釈しています。
撮影に関しても徹底した拘りをもって取り組んでいました。
黒澤の一番弟子と自他ともの認める堀川氏の著書からの抜粋である。
映画というものは元来状況説明、特に心理描写は大変不得意である。
映画は一見、状況説明は得意なジャンルのように思われているが、そうではない。
フィルムに簡単に定着するから、状況説明は容易だというなら、例えば「今日は寒い日だった。」と文章に書けばわずか11文字で済む。
しかし、これを映画で表現するのはどうしたらよいか?クロさんはこれを徹底的に追求するのである。
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映像美のこだわり
「羅生門」はコンビを組んだ宮川一夫と共に、モノクロ映像の質感を拘り、「白・黒・ネズミ色」の三色で撮りたいという宮川の意見をしっかり理解して出来あがったモノクロ映像美の最高傑作です。
世界ではじめて太陽にカメラを向けたり、従来のレフ版を鏡に変えたりと、光の使い方でダイナミックなコントラストをつけることに成功した。
「羅生門」が世界で高く評価された一番の要因は、「モノクロ映像の美しさ」と「どうやってあのシーン撮ったの?」という芸術的感性と撮影アイデアの2つのカメラワークであった。
モノクロフィルムとカラーフィルムについてこう語っています。
「宮川君で、ああでもない、こうでもないって言いながらカラーで撮ったら、いいものができるだろうね。
《羅生門》は、モノクロフィルムの撮影じゃ世界最高の作品の一つだね。
モノクロ映画というのは、表現としてはサイレント映画で、いくところまでいっちゃっているわけだね。
今はカラーフィルムもいいところまでいってるけど、まだまだこれからじゃないの。もう少しフィルムの感度も良くなってくるしね。」
※「キネマ旬報」1976年 新年特別号より抜粋
パンフォーカス撮影
黒澤作品は背景のかっこよさが際立っています。
人物が映し出されているカットの背景の雨や自然、風になびく旗など、ついつい見ていてそっちに目が行ってしまうこともあります。
パンフォーカス撮影とは何でしょう?ってことなんですが、簡単にいうと、画面に映るものすべてにピントを合わすということです。
スチルカメラを扱う人はわかると思いますが、カメラというのは、手前の被写体にピントを合わせると、奥の背景はピントがぼやけます。
今のカメラでは十分可能でありますが、当時は望遠レンズで全てにピントを合わせることは大変でした。
カメラセンサーに当たる光の量を調節する「F値」を出来るだけ絞り込まないと、画面前方・後方全てにピントは合いません。
F値を絞ると画面は暗くなるので、かなりの照明を当てなければ画になりません。
なので現場でのスタッフの作業はかなり大変ですし、時間もお金もかかってくるので、他の監督はやろうとは思わなかったでしょうし、そのパンフォーカスに拘った画の威力もわかってなかったと思います。
その、誰もやらない、誰も見落としているテクニックをやったのが黒澤明だったのです。
パンフォーカス撮影自体は黒澤のオリジナルではありませんが、黒澤がパンフォーカス撮影を完成させたといっていいでしょう。その効力をしっかり理解し、映画に残して後世に引き継いだのです。
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マルチカム撮影
マルチカムとは複数のカメラで同時に撮るという撮影法です。
これは世界ではじめて黒澤がやり始めた撮影法。黒澤明の撮影術の代名詞であります。
「七人の侍」で8台の望遠レンズを使って同時に撮影するということが試験的に行われ、次回作の「生きものの記録」で本格的に取り入れられた。
マルチカム撮影は一度の撮影で、様々なアングルカットが撮れるという利点があるが、実際の現場ではかなり難しい撮影方法である。
照明の当たり具合や、背景の美術などは、こっちのカメラを立てればこっちが立たずになってしまい、現場スタッフが優秀でなければ成り立たないのである。
通常映画は1カメでぶつ切りで撮っていくもの。映画はテレビと違って、画面に映るものすべてをしっかり決めて撮るものだから、ワンカットワンカットを刻んで撮らないと一向に終わらない。
黒澤はそれが嫌だったみたいで、「役車の気持ちが途切れるから、一気にやりたいんだ」と言って、流れを非常に大切にしたという。
「演技の途中でカットして、俳優の盛り上がった気持ちを中断させるとよくないよね。だから全部スーとやって、そのままワン・カットで撮る。そのかわりリハーサルをばっちりやる。
演技もカメラの動きも、照明も、全部の稽古。だから床は目印のテープだらけだよね。」
※「キネマ旬報」1976年 新年特別号より抜粋
役者の動きとカメラの動きについても、黒澤イズムがしっかりある。
「キャメラは止まるべきところで止まって、動くべきところで動くのが正解だろ?
ちゃんと監督の頭の中で正しく計算が出来ていれば、俳優もその動きが当然出来るわけだよね、不自然でなく。
カメラはそこへピタリと来る。人は無理に動くわけじゃない。部屋の中で歩いたり、立ち上がったり、というのはある心の動きがあって、それが出てくるわけでしょう。」
※「キネマ旬報」1976年 新年特別号より抜粋
望遠レンズを多様した訳も、役者にカメラを意識させないようにという理由である。
理屈は凄くわかるが、それを本当にやるのが巨匠たる所以なのか。
アップを撮っているカメラが一番遠くから狙っているという、非常識なルールが黒澤組でのルールだったという。
黒澤はデビューの「姿三四郎」が当たり、「羅生門」が国際的評価を受け、運よくも節目節目で商業的な成功も納めていたから、予算も確保できたのだろう。
ひとつひとつの拘りも、お金と切り離して考えることはできないわけで、そういう意味でも節目の運を持っていたからこそ、実力を開花させることができたのでしょう。
黒澤組のライティング(照明)
黒澤組のライティングについては、橋本忍はこう語っている。
黒澤組が撮影に入ると、他の組のライトまで集めて持っていくんだよ。
黒澤組の撮影ではライトがかなり必要だったから、撮影所のライトを全部、黒澤組が集めたこともあった。
他の組はお手上げで、立ち行かないことが分かっていても、集めちゃうんだよね。
三船と共演が多かった女優・司葉子はこう語る。
黒澤組の撮影は、ワンカットでもライティングに一時間くらいかかることがあるんです。
しかも、黒澤組のライトはぎらぎらして、とても強いんです。
長い待ち時間の間、三船さんはじっとしておられるんだけど、熱で着物が焦げて煙が出たりしてるんです。
それでも微動だにしないで、待っておられた。
黒澤組は撮影に一年ぐらい普通に掛かるから、三船さんのストレスも蓄積されていたのではないでしょうか。
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