フランシス・フォード・コッポラ対黒澤明 『影武者』撮影中の巨匠同士の貴重な対談!

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『影武者』でクロサワ時代劇が久しぶりにスクリーンに蘇った!

1978年11月30日号の週刊朝日の記事による、黒澤明とフランシス・フォード・コッポラとの新旧巨匠対談である。このころのコッポラは『ゴッド・ファーザー』を当てて、すでに世界的な映画監督として絶大な威光を放っていた時期である。

 

その巨匠コッポラが師と仰ぐ男が黒澤明ということで、黒澤明に世間が追いつき始めた時代。

 

前作「デルス・ウザーラ」で復活の狼煙を挙げた彼が、日本で本格的に映画を作るためには結果的にはどうしても必要だった後ろ盾が、コッポラとルーカスであった。その強力すぎる後ろ盾で作られた時代劇の大作が『影武者』である。

 

その『影武者』のロケ期間中の対談である。

 

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『影武者』でクロサワ時代劇が久しぶりにスクリーンに蘇った!

●コッポラさん、一昨日『影武者』のラッシュをご覧になった印象は、いかがでしたか?

 

 

コッポラ 「「とても感動的でした。スケールの雄大な時代劇映画になりそうですね。私が若いころに見て熱狂した、独特のクロサワ時代劇のイメージが、久しぶりにスクリーンに蘇った、という感じがしました。時代考証なども、とても素晴らしい効果が出ている。

 

 

黒澤 「それはありがとう。この映画に出てくる人物である信長にしても家康にしても、謙信にしても信玄にしても、あの時代の日本の武将たちというのは、一流の政治家だったし、美に対する感覚なんかも実に鋭いいいものを持っているんですよ。だから着ているものなんかにしても、とても驚くほどいいものを着ている。現代で考えてもこんな斬新なものはない、というほどモダンなものをね。そういう点を、現在実際に残っているものなんかを参考にして、画面に作っていったんです。それが分かっていただけたのはうれしいですよ。」

 

 

コッポラ 「私じゃ『七人の侍』だけでも12回も見ている人間ですから、こういうスケールの大きいクロサワ映画時代劇に接すると、それだけでワクワクしてしまうのです。『スターウォーズ』のジョージ・ルーカスにしても
私にしても、我々は黒澤監督の芸術的な息子と言っていい存在なのですからね。

 

黒澤明にノーベル賞を与えよ!

●そうえいばこの前お会いした時にコッポラさんはスウェーデンのノーベル賞委員会に電報を打って、「黒澤監督にノーベル賞を与えるべきだ」という申し入れをなさった、という話をしていましたね。その話をもう少し詳しくきかせてくだだい。

 

 

コッポラ 「ある夜、友人とお酒を?んでいる時、『ノーベル賞はそろそろ映画に与えられるべきだ』という話になりましてね、それなら絶対クロサワが最適任者であろうということになり、興奮してすぐその場で電報を打ったのです。で最終的には手紙が来て、『ノーベル賞のノミネーションは学界のアカデミックな人達によって行われるので、あなたには推薦の資格がない」といってきました。それでまた興奮して飲んだ記憶があります。

 

 

黒澤 「笑」

 

 

コッポラ 「ルーカスと私は自分たちの会社をはじめてつくったとき、スタジオの壁に自分たちが偉大だと思っている映画作家の写真を大きくして飾りました。それは、チャップリンとグリフィスとエイゼンシュテインと、オーソン・ウェルズとフェリーニ、そしてクロサワだったのです。」

 

 

●黒澤さんもアメリカに行ったとき、コッポラさんの『地獄の黙示録』のラッシュを観ておられるのでしたね?

 

 

黒澤 「ほんの一部分でしたがね、観ました。たいていの戦争映画というのは、客席の方に弾丸が飛んでくるような臨場感というのはあまりないものなんだけど、まるで戦争の中に巻き込まれているような衝撃があったなあ。その一部のシーンだけ見てもね。」

 

 

コッポラ 「来年の4月ごろにはお互いに完全版の作品を見られることになりそうですね。」

 

 

●『地獄の黙示録』も『影武者』と同じように、戦闘のスペクタクルシーンでは、撮影に大変な苦労があったのでしょう?

 

 

コッポラ 「ゆうべ、ロケの現場を見て、日本の時代劇の合戦でもベトナム戦争の戦闘場面でも、問題はまったく同じだということを痛感しました。なんだか『地獄の黙示録』を撮っていたときの苦労を、生々しく思い出しましたよ。」

 

 

●黒澤さん、昨夜撮っておられた夜の合戦シーンなどは、テスト2回に本番2回で、割合スムーズに進行していましたよね?

 

 

黒澤 「映画評論家は、そういうことをすぐおっしゃいますがね 笑 あの為のは事前に大変な練習をしているんです。馬の展開とか、槍ぶすまのつくり方とか、何十回もね。しかも実際にやってみると、絶えず何か新しいパプニングが起こるでしょう。地面に照明のライト用にコードが引き込んであるから、馬の走りが大変危険だし。ああいうふうに持っていくまでが実に手間が掛かるんですよ。例えば、鎧を着て槍を持って旗を背負っている武士を乗せると、まず馬はそれだけで拒否反応を起こす。それを平気にするまでは、一年間も馬の訓練をやっています。だからこそ、ここぞという時に馬の群れが思う通りに動くんです。」

 

 

コッポラ 「一時姿を消してしまっていた、日本の偉大な時代劇映画の伝統をクロサワさんはこの映画で再興なさろうとしているのだな、という気がします。しかもアメリカからアクションシーン撮影の専門家を呼ぶなどという形ではなく、日本の映画人のみの手によってです。これは、日本の映画産業そのもののためにも、とても素晴らしいことだと私は思います。」

 

 

黒澤 「今度、しばらくぶりで日本で映画を撮ったわけですが、気心の知れた僕のスタッフにしても、本当はいいかげんな仕事をするのはイヤだ、と心から常々思っている人たちなのですよ。だから今度はたいへんな努力をしてくれています。それにしても、いい作品を増やすためには、まず日本映画の社会的信用というものを取り戻さないとね。いいかげんなものばかり作るのをやめて。」

 

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黒澤映画にはいつも素晴らしい動きがある

 

●黒澤さんは今度、『影武者』のカラー絵コンテを、一冊の画集にして出版するぐらい、たくさん描かれているわけですが、コッポラさん、ご覧になっていかがでしたか?

 

 

コッポラ 「一つ一つ、絵として非常に美しいもので、有名なエイゼンシュテインの画コンテを思い出しました。私にはそういう才能はまったくありません 笑」

 

 

黒澤 「僕だってさ、こんなことは初めてですよ。ただ脚本が完成しても予算がなかなか通らないので、この作品もまた闇から闇に葬られるのか、と思った悔しくでね。せめて絵でもいいからこういうものを創りたかった、ということを皆に見せようと、コツコツと絵ばかり描いていたわけですよ。それが一年ぐらいたったら200枚以上にもなってしまった、というだけの話でしてね。こんなことはもう二度とないでしょうね。じっと待っているのが辛かったから、毎日黙って絵を描いていただけのことですよ。」

 

 

●撮影の宮川一夫さんがクランクインのとき、言ってましたよ。監督にこんなに絵コンテを描かれてしまっては、僕のやることがなくなってしまうと。

 

 

黒澤 「でも、絵はあくまでも絵なんであってね。そこを勘違いされちゃ困るな。映画ってのは動いているものなんだから。絵は動かない。動いてなきゃ映画じゃないんで、その動きを画面にどう捕まえるか、が問題なんです。黒澤は絵描きだったから映画の構図がどうだこうだ、なんていわれてしまっては、困ってしまうのでね。

 

 

コッポラ 「クロサワさん、あなたが今までお創りになった映画は、いつも素晴らしく動いていた。それはもう万人が知っていることですよ 笑」

 

共に映画を作るスタッフについて

 

●黒澤さんは、黒澤組と呼ばれる同じ腹心のスタッフと組んでいつも仕事をなさるのだけど、コッポラさんは特定のコッポラ組スタッフというのがあるのですか?

 

 

コッポラ 「ほどんどが、もう15年ぐらいいっしょにやっているスタッフです。そして私は5本以上の映画で私と組んだスタッフには映画の収益をパーセンテージ配分することにしているのです。いまやっと、その配分を受けるスタッフが誕生したところです。」

 

 

黒澤 「日本では監督でさえ、パーセンテージで貰えないですからね。コッポラさんの映画を手伝おうかな、その方がよさそうだね 笑」

 

 

●ラッシュを観ると、『影武者』ではオーディションで公募した無名の俳優さんや、素人の役者さんたちが、とてもいい演技を見せていますね。それもかなりたくさんの人が。

 

 

黒澤 「いいかげんな芝居をやらされて、それに慣れているプロの俳優よりも、白紙の素人のほうがいいんですよ。悪いクセがついてしまっている人は、まずそれをやめてもらって、いったん白紙に戻さないといけないんで、その手間が省けるんです。」

 

 

●コッポラさんはこのことに関してはどうお考えですか?

 

 

コッポラ 「オーディションをすると、アマチュアの人でもその人が天性のアクターであるかどうか、すぐわかるものです。」

 

 

黒澤 「もっとも、なんでも素人のほうがよくて、プロの俳優の方が悪いというんじゃないんでね。いい俳優さんはいいし、悪い俳優さんは悪いんです。」

 

『影武者』の撮影は、今までの黒澤作品に比べると、かなり予定通り順調に進んでいますね?

 

 

黒澤 「いままではね、最初にぼくが言っている予算や日数を無理に大幅に短縮させられているから、結局オーバーしたのであってね。終わってみると、やはり最初に計算した通りになっていた、ということなんですよ。今度はそういう点で、割と僕が最初に言った通りのスケジュールになっているので、順調に行っている、ということです。」

 

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今後の映像表現について

 

●ところでコッポラさんはソニーに行ったり、NHKの技研を訪問したり、だいぶビデオの研究をなさっているようですが、近くビデオを使って作品を作る予定でもおありなのですか?

 

 

コッポラ 「来年の4月からはじまる新作の為ではありませんが、近い将来使ってみたいと思って研究中なのです。ビデオのフィルム化、というシステムですね。

 

 

黒澤 「ぼくもね、ビデオというのはもっと研究する必要があるとい思っています。反対する映画人のスタッフもいるんだけど、そりゃ間違っていやしないかって思うんです。サイレント映画がトーキーになることに反対し、白黒映画がカラー映画になることに反対し、といった消極的な拒絶反応ではダメなんでね。新しい良さを、貧欲に映像表現に取り入れていく積極性がなければ、新しい時代は始まりませんよ。」

 

※河出書房新社 生誕100年総特集 黒澤明 永久保存版より

 

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