『悪い奴ほどよく眠る』『生きものの記録』にみる黒澤明の活劇性

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『生きものの記録』の活劇性

映画評論家 前田英樹氏の評論より

 

黒澤明は活劇が面白いという人がよくいるが、そんな人には自分が活劇だと思っていない黒澤映画が、

 

例えば『生きものの記録』のような映画が、大抵あまり好きではない。

 

タルコフスキーが『サクリファイス』で深刻なのは仕方がないが、黒澤では困るというわけだろう。

 

ところが、『生きものの記録』は『椿三十郎』と同じくらい面白い映画である。

 

2つの映画の面白さは、疑いようもなく同じ性質で出来ている。

 

黒澤の主人公は、いつも何かしらと激しく闘うが、闘う本当の相手の本当の姿は実は直接には目に見えるものとなって現れない。

 

椿三十郎が斬りまくるはめになったの敵は、目に見える最後の敵が現れても、まだ不気味に厳然と機能している何かである。

 

三十郎と城代家老とは、その何かを見抜いている人間としてこの映画の中心にいる。

 

黒澤の映画では、この見えない巨大な機能が、さまざまな人物を、時には群衆を激しく行動に駆り立てる。

 

すると、風や土や雨は、人物たちの行動を模倣し、増幅するように激しく動く。

 

『生きものの記録』の老人は、家庭裁判所で彼が扶養してきた家族たちと懸命に戦う。

 

彼が恐れるのは、単に「水爆」ではなく、家族たちに「水爆」を恐れないようにしながら、着々と核爆発を準備している或る巨大な機能である。

 

彼は、この機能に侵され、この機能を代行する家族たちの身体を通して、この機能そのものと激しく闘う。

 

三十郎やリヤ王のように。町工場を焼いて燃え上がる炎、風に逆巻く猛然とした煙は、この戦いを模倣する。群衆の流れがそれに従う。

 

これは見事な活劇である。けちくさい理屈も間抜けな感情もない見事な活劇である。

 

『悪い奴ほどよく眠る』の活劇性

『悪い奴ほどよく眠る』という長尺の映画は、今日ではみられることが少ないにも拘わらず、黒澤のこうした特質を最もよく表している。

 

この映画の面白さは、彼の作品群においてさえ傑出しているだろう。

 

ここでは、主人公は見えない敵と激しく闘うだけではなく、敵は見えないというそのことが、彼自身の特殊な英雄性を生み出す所以であることが、きわめてはっきりと示されている。

 

よく眠る「悪い奴」はとは決して見えないその敵のことだが、彼の言葉は、土地開発公団副総裁の岩淵がかける電話の中でだけ通じてくる。

 

言葉の主が総裁でないことだけははっきりわかるが、突き詰めていけば、その主は特定の身体を備えた誰でもないだろう。

 

もちろん岩淵は、電話の相手に仕えているわけだが、そんなことはこの映画の中ではどうでもいい。

 

電話の相手もまた、見えない機能によって脅かされ、動かされている。

 

公団の汚職や、それにまつわるあらゆる犯罪は、電話機そのものの充実したショットが暗示するその機能から来る。

 

しかし、そうした機能の暴露、解明を誇らんがために、この映画はあるわけではない。

 

黒澤映画がそのような幼稚さを持ったことは一度もない。

 

この映画の面白さは、犯罪を実行するものたちの群れと、彼らを追い詰めようとするものたちの群れとが、真に眼に見えるイマージュとして躍動し、対立し、融合さえするところにある。

 

互いに雪崩を打ち合うような彼らの行動は、相手方を倒す争いというよりは、彼らを駆り立てる見えない機能との極限的な2つの交渉、あるいは2つの戦い方のようにも見える。

 

こうした戦いにおいて、公団幹部や建設会社の重役や殺し屋たちが形成する狡猾な群れは、検事や新聞記者たちの疑り深い群れと同じように力に満ち、悲劇的である。

 

これら2つの群れが激突する場所の中央に、三船敏郎が演じる主人公、西幸一がたった一人で立っている。

 

この男の孤立した明察、効果にあふれた行動は、どちらも群れをも軽々と凌駕する。

 

それは彼だけが、自己自身の闘いの本質を、その本当の敵の在り方をはじめから知っているから、見抜く力を与えられているからだろう。

 

西幸一が岩淵を敵とし、彼を憎むのは、西の闘いにおける一つの手段にすぎない。

 

西は誰にも見えることのない敵を知覚し、その敵が2つの群れの間で引き起こす全ての出来事の意味を判別する。

 

その敵に直接触れることが実際には不可能なことも知っている。

 

岩淵の子供たちは、どうしても悪人には見えないこの涙もろい老父を、憎もうとしてにくむことが出来ない。

 

それは、岩淵がことさら善人を装っているからではなく、彼がその群れにおいて為す行動が、彼自身の人格とは無関係な、どこか遠いところで作動する巨大なものに困っているからである。

 

だからこそ、岩淵のような男は憎まねばならない。

 

西の闘いは当然この巨大なものに呑み込まれる。
この映画は、西が敗れる瞬間を決して活劇風のイマージュにおいて示さない。

 

だが、ここには類まれな活劇が、社会的なものの根源から引き出す最大の戦慄がある。

 

映画評論家 前田英樹

 

※4 河出書房新社発行 「黒澤明 生誕100年総特集」より抜粋

 

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