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『用心棒』で映画現場デビュー
主に日活ロマンポルノ作品を監督し、
『夜汽車の女』
『?式場メス市場』
『人妻集団暴行拉致事件』
『発禁本「美人乱舞」より責める』
などの数々の名作を残した映画監督の故田中登氏が、学生時代に、『用心棒』の現場スタッフのアルバイトをしていたという。
その時の様子を語ったのが以下である。
田中登 学生助監督見習い記
ぼくがアルバイトで黒澤監督の『用心棒』の撮影現場のお手伝いが出来ることになったのは、まだ明治大学の学生のころで、
日活の助監督になる直前のころでした。幸運なことにそれではじめて映画創りを間近で見ることができたわけです。
黒澤さんのセットでは、壁に使う板なんかは、新しいものを一辺焼かないといけないんです。
それからブラッシングして、泥絵の具を塗ってピカピカにしていく。そうしてやっと本物らしくなっていく。
あの「馬の目宿」の中央に置かれた大オープンセットの火の見櫓や街道筋の家々なんかも美術スタッフを手伝ってそうやって作ったんですよ。
志村喬さんの造り酒屋の中とかもね。
キャメラは宮川一夫さんで、3台くらいを使ったマルチカム方式でしたが、
当時はキャメラを回し始める前に、暖めなくてはならなくて、ガンガラと言って、一斗缶に穴をあけて炭を入れたのを20缶くらい燃やすんですよ。
それで同時に撮影スタッフみんなで暖まったり。
で、火付きが良くなるように振り回していたら、「キャメラの前で埃たてるな!」って監督に怒られてね。
その声が今も耳底に残っていて、本当に懐かしい。
照明は石井長四郎さんです。
オープンセットの屋根の上で大レフ板を七、八枚も立てて、巡送りで光を当てて撮影していくんですが、そこにフトコロ手をした三船さんが悠然と現れる。
ところが空っ風がさっと吹いて、レフがべこべこに揺れるんですよ。
そうしたらどこからどもなく「何番目の屋根レフ動かすな!」と怒号が風に乗って飛んでくる 笑。
電メガっていって、電子メガホン使ってがなりたてられたりね。
ぼくは映画にも興味があると同時に、詩人にもなりたいと思っていたんですが、詩の短い言葉と映像言語というものが近いものだと実感できて、そんな点からももの凄く勉強になりました。
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映画の画面には表面張力が大切なんだ
アルバイトの特権でキャメラの近くで実際の動きを見ることが出来て、いろいろと勉強になり楽しかったですよ。
黒澤さんが芝居をつけてらっしゃるのを横で見てるだけでもね。
20人ぐらいの殺陣の場面で、まだデビューしたてのジュリー藤尾さんの片腕が切断されるシーンでは、普段はわずかな血糊を洗面器いっぱい使ったり。
そういえばあのとき横に京マチ子さんがいらっしゃったんだけど、あれは陣中見舞いだったのかな。
それから空っ風に舞わせる木の葉をテストだけでカマス20俵分ほど飛ばして、また汗をかいて拾ったり。
土埃を灰を使って勢いよく立てたり。大掛かりで、豪快なんですよ。
三船さんのスポーツカーでサムライ姿の三船さんに運転させてその助手と黒澤さんがいっしょに乗り付けて「こんな勢いで入ってきてよ」なんて演技指導したり。
芝居を付けられている最中、バックは写ってないだろうと安心して、山田五十鈴さん、川津清三郎さんの女郎屋側の連中が遊んでいたら、「バックでなにやってんだよ!」って狂ったようにがなりたてられたり。
火の見櫓のところで刀が入り乱れる闘争を撮る、直線的な動きのあるシーンなんだけど、キャメラの手前をきちっと画にする為には、バックグラウンドのしっかりとした動きが大事なんだよということだったように思う。
フレームの外のバックグラウンドまで緊張感が持続しないといけないんですね。
監督はたしかそのことを、「映画の画面には表面張力が大切なんだ」という表現でおっしゃっていましたね。
後の『赤ひげ』で,空けることのない抽出の中にまで薬包をきちんと入れたという逸話は有名ですが、大道具・小道具だけではなく、役者の動き・空間構成を含めたひとつひとつの画創りを、腕力の中にねじ込んでいく迫力。
納得の画面になるまでの執拗なこだわり。
芝居をつけながらこっちでニコっとして、向こうでカーッて目を剥いて怒り狂う、大きい感情のバランスでしたね。それで活発に動いてました。
ぼくはやがて学校を出て正式に日活の助監督試験に受かって、付いた滝沢英輔監督が思い出話をしてくれたんですが、
後年黒澤さんが脚本を潤色したこともある『戦国群盗伝』を撮ったとき、助監督が黒澤さんだったそうで、長いストロークで富士の裾野をよく走り回ってたっけなぁと、目を細めていました。
三船さんには、お前らこれからいったいどうするんだ、これから助監督になるのは大変だぞ、なんていっしょに焚火をしながら心配してもらったり。
一番最初の映画の現場体験を黒澤さんの真剣な映画創りの場に、まだ学生の分際で立ち会わせていただき、体で覚えさせられ、本当に得難く、楽しくまた光栄でした。
あの有名な犬が人間の手をくわえて走ってくるシーンも、オープンセットにぽつんと落ちていた大道具さんだったかの手袋をご覧になってアイデアが浮かんだとも聞きました。
瞬間の集中力の賜物です。
その後、敷居が高くてお目にかかって打ち明ける機会がありませんでしたが、
映画監督同士の交流も大切さ、監督は先輩後輩なんてことはなくて仲良くしなければ、日ごろからおっしゃっていた監督ですから、
勇を鼓して、僕はあの時学生バイトをさせてもらったもので、あのときの経験がその後に映画人生の血肉となっています、
とご報告したかったなぁと、今になって思っているんです。
それにしても、役者の肩口に上に頭一つ突き出て、まぶしく動き回ってたした黒澤監督に生き生きとした姿が、昨日のことのように浮かんでくるんです。
※4 河出書房新社発行 「黒澤明 生誕100年総特集」より抜粋
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