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黒澤作品史上ナンバー1 『どですかでん』
『どですかでん』が黒澤作品のベスト1と言っている人はなかなかいません。
このサイトの管理人である私は『どですかでん』がベストでありますが、共感し合える人も少なく寂しい思いをしています。
なのでリリー・フランキー氏が『どですかでん』ファンであると聞いて嬉しくおもいました。
色々と好きな理由はあるのですが、私が特に好きなこの映画の要素は、登場人物のキャラ設定です。
演出の感じも好みなのですが、シナリオ段階で設定された人物像の設定が好きなのです。
これぞ人間、これぞ大衆、これが現実、と言える人間描写です。
それぞれのキャラがそれぞれ哀しい現実を叩き出してきます。それをたんたんと、コミカルに表現しています。そのバランスとセンスが大好きです。
以下はリリー・フランキー氏が『どですかでん』について語ったものです。
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本当のバカは誰なのか?黒澤が『どですかでん』で投げ掛けるクエスチョン
若者は、元気のない中年を見ると、この人は物知りと誤解する傾向があるようですが、時々私もそのようなことを若者に聞かれる。
「おすすめの映画は?」
これを言われるのが一番困る。こっちが教えて欲しいぐらいで。
これを才能あふれる若手に訊かれたら、プレッシャーたるや。夜も眠れない。
中途半端な映画でその人の感性や持ち味を鈍らせてはいけない。
また難しい作品を勧めて、マイノリティまっしぐらな人格形成に導いてもいけない。
勧めたその一本の作品が、若者の人生を変えてしまうことだってあるのだから。
数年前、その頃は定期的にお仕事をさせていただいていた、当時まだティーンエイジャーだった頃の内田有紀ちゃんにコレを利かれてしまった。
私は困り果てた。
ただでさえ困る質問を、彼女ほどのピュアで感性の鋭い美女に聞かれてしまったのだから。
これはミスれば重罪に発展しかねない。逮捕もありえてしまうぐらいだ。
じっくりじっくり考え、一本の映画をダビングして彼女に渡した。
その作品が黒澤明監督作品『どですかでん』であった。
それ以来、彼女は「どんな映画がお勧め?」と僕に聞いてこない。
私は彼女にその映画『どですかでん』を手渡したとき、
「これはいつか有紀ちゃんにリメイク出演してもらいたい作品なんだ。勿論六ちゃんの役で。主役は君しかいない」
と言った。
黒澤監督の30作品の中で、私はなぜか『どですかでん』が好きなのだ。
私が若いころ、黒澤監督作品はビデオ化がされておらず、レンタル店で借りることは不可能だった。
そんなころ、知友が西新宿の海賊レンタルビデオ店で、逆輸入モノの黒澤作品を一式で買ってきた。
直ぐそいつの部屋に行き、まだ観た事のなかった映画をみせてもらった。
そこで生まれてはじめて観た「どですかでん」が何ともショックだった。
英語字幕入りで観る不自然さは数分で無くなるほどに生生しいな色彩。
すさまじいまでに極彩的な色彩がゴミと砕片の街を彩っていた。
映画の中で、これほど色合いを感じ、色に訴えられた体験はそれまでになかった。
そしてなによりも心に残ったのは、その色彩に溢れたあばら屋に住むさまざまな住民の生活と、六ちゃんとのコントラストだった。
宗教にすべてを委ねる六ちゃんの母ちゃん。
自尊心が強く現実を見ない乞食の父とその息子。
自分の娘を手篭めにする講釈タレの中年。
不貞を犯した妻を許せずに死人のような生活を送る男。
誰の子供かもわからないような幼児を身籠り続ける女房に何の文句も言わず真正直に働く亭主。
日本刀を振りまわす酒乱。
知らずのうちに妻をトレードしてしまう兄弟分。
偽善者のご隠居。
気味の悪い神経痛を持つ伊達者な会社企業員と不愛嬌で器量もまずい大女子のおかみさん。
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そんな種種雑多な家族がギュッと押し込められたゴミと瓦礫の街。
それはつまり、私たちが生活ている、ごく一般的な街のことである。
その中を見えない電車を操縦しながら走り続ける”電車バカ”の六ちゃん。
人々は六ちゃんを文字通り、バカを見る眼で見ている。
六ちゃんは走り続ける。
他の登場人物はほとんど接触することもなく、ただ毎日瓦礫の中を走り続ける。
本当のバカは誰なのか?
それがこの映画の中から私が受けとったクエスチョンだ。
異常と日常の境目。
平凡と非凡の区別。
普通という感覚の中にある狂気。
私が常に題材として研究を続けるテーマ。
それはこの「どですかでん」から学んだテーマなのである。
もし私がこの映画を観ていなかったら、私はどれだけさわやかなおっさんになっていたことだろう。
一本の映画は人の視点という人生を変えてしまうことがある。
絵に関しても、人間研究の視点に関しても「どですかでん」は私の永遠のお手本だ。
様々なトラブルがあって、数年のブランクが空いた黒沢監督が初めてカラー作品で久しぶりにメガホンを取ったのが、この『どですかでん』だった。
監督は当時、どんな心境でもの異色作に着手するに至ったのだろうか。
何度も繰り返しこの作品を見返し、私自身も年齢を重ねていくにつれ、
少しずつその時の監督の気持ちが解かってきたような気がしてくる。
そして、いつか彼女にもこの映画が素晴らしいと感じてもらえる日が来ると、
私は信じている。
私にとって、愛すべき人にすすめたい作品とは、
この先も永遠に『どですかでん』なのである。
リリー・フランキー
※4 河出書房新社発行 「黒澤明 生誕100年総特集」より抜粋
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