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これぞ黒澤組の仕事!歴史に残る名シーン
黒澤組の撮影は失敗が利かないギリギリの緊張感での撮影というイメージがあります。
有名なのが、『乱』の城が焼けるシーン、『天国と地獄』のこだまのシーン、そしてもう一つは『椿三十郎』のラストの決闘ではないでしょうか。
『椿三十郎』からあのラストの決闘シーンを除いては話が出来ない。映画史に残る、そしてもう二度と出来ないシーンと言われている。
椿三十郎VS室戸半兵衛
そのシーン、台本にはこう書かれている。
「これからの2人の決闘は、とても筆では書けない。長い恐ろしい間があって、勝負はギラッと刀が一片光ったただけで決まる。」
この台本からのあの名決闘シーン。演出をするというのは、正にこういうことなのだろう。ざっくりとしたレシピをどう調理するかというのが演出である。
しかし、黒澤監督は撮影後、「いやあ、俺もあそこまでいくとは思わなかったよ。スタッフもびっくりしちゃってさ。本当に三船が斬ったのか、と思ったりしてね。」
と笑った。
だがしかし、ここに至るまでの準備の苦労たるや、並ではなかったという。
このシーンでの裏方の主役は、小道具の神保昭治氏。神保はこのシーンのためだけに2ヵ月前からテストを繰り返していたそうだ。
大部屋の役者さん(役者の卵・売れない役者)に頼んで協力してもらっていた。
血が噴出するためのホースを胸のまわりにグルグル巻きつけて、外部からそのホースに血を流し込み、圧搾空気のボンベで噴出させるというもの。
仕掛けが単純だが結果は難しい。
カメラを用意してテスト撮影して、黒澤監督に見てもらいながら改良を重ねていく。
そして最後のテストで「もうちょっと、血に粘りが出ないかな」という黒澤の一言を聞いて、神保氏は廃油を混ぜたという。
その廃油が本番の時、予想だにしなかった事故を起こすとは、その時知る由もない。
いざ、本番
三船と仲代は本番当日まで一度も顔を合わせをぜず、もちろん打ち合わせもなかった。仲代はただ刀をタテに抜くやり方だけを稽古させられていたそうだ。
三船は殺陣師と毎日研究していた。そして左手で太刀を抜き右手を添えて相手の心臓に突き刺す、という方法は三船の発案だという。
1961年12月20日。御殿場ロケにて、天気快晴。
三船と仲代の立つ位置が決まるとそこからキャメラまでの約25メートル。仲代の体の装着するホースをキャメラから映らないように、地面の下に埋めてボンベまで引っ張る。
キャメラは2台。ロングと寄りである。
いよいよ役者2人が位置につく。神保は血しぶきのホースの先を仲代さんの胸に入れた板にさらしで巻き付ける。
黒澤監督の注文はこうだ。
2人はじばらくみつめ合っている。三十郎が懐から手を下す。そしてここから25秒目ぐらいに同時に太刀を合わせる。仲代が倒れる
ことになっているのだが、万一タイミングが合わなかったら、大変なことになる。
スクリプター野上氏がキャメラに写らないギリギリの場所まで2人の近くにいて、秒数を読む役だ。
神保はキャメラ傍いで圧搾ボンベを操作する。
合図と同時にコックを開く役。緊張のあまり、声ではタイミングが合わない恐れがあるというので、三船の抜刀と共に、助監督が神保の尻を蹴飛ばすという合図であった。
野上が声を張り上げて「20、21、22…」と叫んだ。
とたんに真っ赤な液体の波が噴き出す。野上が飛んで逃げたが背中にピシャ!っと被った。
仲代が血の海の中にぱたん!と倒れる。三船が体を起こす。
仲代は噴出する血の勢いで、体が宙に浮きそうになるのを必死で堪えていたという。
その血に噴出する力はもの凄く、若かったから頑張れたが、今だったらとてもあの力には勝てないという。
ただひたすら、これがNGになったら大変だということでひたすらに歯を食いしばって体を押さえていたという。
黒澤監督の「オッケー!」の声が響く。
スタッフたちは「びっくりした!」「凄かったなあ!」などお互いが言いながら、キャメラの前にみんなが集まってきた。
すると突然、「待ってください!待ってください!もう一度お願いします!」と神保が泣きそうな顔で監督の前に走ってくる。
「すいません!今、血ノリのホースのジョイントが地中で外れたらしく、地面から血が噴き出たでしょう?気がつきませんでしたか?キャメラに写ったでしょう?」
まさかの出来事。血に粘りがほしいと言われて廃油を混ぜたのが、ジョイントに詰まったのだろうという。
監督かやや考えて「そっちのキャメラには入ってないんだろう?」とBキャメラの方を見た。
「こっちは大丈夫です!」というBキャメラの返事。
監督はちょっと考えて
「ラッシュ(試写)を見てから考えよう。編集でなんとかなるよ。こういうのはね、2回目はうまくいかないもんなんだ。」
このとき、黒澤監督に頭の中では、早くも編集機が回りはじめていたのだろう。
しかし、名シーンや名演出を支えていたのは、優秀な撮影スタッフであるということがわかるエピソードである。
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