『野良犬』のリメイクを作りたくなかった理由 森崎東監督

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森崎東監督が語る『野良犬』リメイクを作りたくなかった理由

昭和48年の松竹で製作した『野良犬』が25年ぶりにやっとビデオ化された。

 

自作の中で『野良犬』だけがビデオ化されていない理由を、原作者である黒澤監督と菊島隆三氏の許可がないからだと思ってきたが、実はそうではなかったらしい。

 

正直言って、私は会社企画であるこのリメイクを断りたかった。

 

私は自分の監督昇進一作の参考試写にどうしても黒澤作品の『どん底』を見たいと、わざわざ東宝から特別のいフィルムを借り出したほどの黒澤ファンである。

 

別に私の第一作『女は度胸』と『どん底』との間に、取り立てて共通するものではなく、

 

強いて言えば『どん底』の山田五十鈴の「寝な」というセリフ一言と、『女は度胸』の清川虹子の「寝な」の一言が共通していただけだった。

 

生まれてはじめて監督する前に、黒澤作品を見て自分に活を入れたかったほどの、黒澤作品なくば恐らく映画監督を志さなかったであろう私が、なぜ黒澤作品のリメイクを断りたかったのか?

 

長い間答えもなく、和の中でくすぶり続けてきた自分に今、黒澤監督の死によって答えを迫られているのも、偉大だった個人の遺徳という思いが私の中にある。

 

『野良犬』のリメイクを作りたくなかった理由は、『野良犬』という作品は、敗戦直後という時代の証明としてこそ輝く作品であって、

 

当時と全く逆の世相に近い高度成長時代に、無理やり換骨奪胎するのは、原作をおとしめることにしかならないのではないかという疑いだった。

 

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もっと正直に言えば、黒澤作品の中で、映画的手法において最も影響を受けた半面、そのモチーフについて行き難い唯一の作品が『野良犬』だった。

 

「善良なる人々に安らかな眠りをもたらすために、かくも警察官は自己犠牲の精神に支えられながら人々が眠っている時も、靴底を減らして歩きまわり、そして人知れず死んでいくのだ」

 

というモチーフが迫ってくるだけに、ラストカットのピアノの音が聞こえる有名な俯瞰のショットに、何かしらけるような違和感を覚えた。

 

犯人の長くつづく狂おしい号泣が虚ろに響くのが、作者の意図と分かりながらもひたすら虚ろだった。

 

「リメイクをするなら、ひっくり返すしかない」

 

そう思った。

 

ある映画批評家の言った『野良犬』という作品は、警察官とその家族のためのいわば警察友の会映画である、という言葉に反感を憶えつつも、このまま寸分たがわずリメイクはできない。

 

どうしてもリメイクするなら、強引にひっくり返す以外にない、と思った。

 

敗戦直後と高度経済成長期という世相そのものが先ず180度変わっているのだから仕方ない。

 

先ず、同じ復員兵の片方は盗んだ拳銃で人を殺す人民の敵となったという人物設定はひっくり返さなくてはならない。

 

拳銃という最重要官給品を盗まれた刑事は、謹慎処分という温情に感奮するのではなく、観察官という非行警官取締官への反抗として組織を脱落する。

 

犯人は絶望的孤独に陥った失業者ではなく、堂々と共同正犯であることを誓い合う沖縄出身の若い工員たちのい集団として、

 

刑事たちの同志愛により、その結束がより重く描かれ、若者たちの命を奪った官給品の拳銃がやっと手元に戻った時、

 

若い刑事は自分の命より大事な拳銃を東京湾の濁った海に叩きこもうとするところで終わる。

 

 

恐らくこの作品はカタルシスとは逆な結果にひっくり返ったかもしれない。

 

それにしても私は夢想する。20年たって自作を黒澤さん自身がリメイクする仮定として、若しやひっくり返しがありはしないか?

 

少なくとも原作を金科玉条と押し頂いてクローン作品を創るには、黒澤監督は極度に個性的であり、一切に亜流を拒否している。

 

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