『七人の侍』 黒澤明のドSっぷりが伺える過酷な撮影秘話

撮影秘話『七人の侍』

若き日の仲代達矢が受けた屈辱

小学生のころに見た『姿三四郎』で黒澤明のファンになったという仲代達矢。

 

俳優座の四期生として入所して2年目、憧れの黒澤映画のエキストラオーディションを受けた仲代。

 

黒澤が直々に候補者を選んでいる。トレードマークのサングラス越しに見られて強烈な威圧感を感じる。対峙する心臓を射抜かれそうになる。

 

 

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黒澤 「これは『なかよ』と読むのか、それとも『なかしろ』?どっちだ?」

 

仲代 「『なかだい』であります」

 

黒澤 「それじゃ重箱読みじゃないか。『なかよ』か『なかだい』のどっちかにしろ」

 

唖然とする仲代。無茶苦茶な話である。

 

しかし、オーデションは合格。作品は名作『七人の侍』。

 

ロケではさっそく仲代に声が掛かる。宿場町で百姓が侍を探すシーン。ただ歩くだけ。

 

「君が先頭になって歩け」

 

撮影開始の9時過ぎから歩き始めた。ただ歩くだけのシーンだが、NGが飛ぶ。

 

「駄目!カット!」

 

テイクを重ねるも一向にオッケーが出ない。何度も何度も歩くがNG。

 

「何やってんだあいつは!」

 

騒然300人のスタッフは仲代のテイクのオッケーをひたすら待っている。三船敏郎も志村喬もひたすら待つ。黒澤がたまりかねて仲代に放つ。

 

「おまえはどこなんだ!」

 

「俳優養成所です」

 

「俳優養成所では歩き方も教えんのか!」

 

そして、OKがでないまま午前が終わる。

 

「昼休憩!こいつに飯は食わすな!」

 

悔しさと恥ずかしさと屈辱感。胸が張り裂けそうだったという仲代。

 

午後の撮影でもNGは続く。仲代は意識が朦朧としてきて、挙句の果てには黒澤に対する怒りが沸いてくる。

 

「そんなにダメなら他の奴を使ってくれ!」そう心で叫ぶ仲代。

 

午後の3時。最後ともいえる力を振り絞って歩いたテイクでようやくオッケーが出る。

 

「しょうがないか。これでいこう」

 

 

映画が封切られると、一目散に映画館に足を運び、シーンを確認した仲代。

 

使われていたのは、たったの4秒。バストアップのみ。朝の9時から午後3時まで掛かって撮ったシーンはわすが4秒。

 

オープニングロールにももちろんクレジットはない。あの日の屈辱がよみがえってきたという。

 

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志乃を演じた津島恵子の色っぽいカット

津島恵子は松竹でニューフェイスたちに舞踊を教える仕事をしていたが、撮影所で吉村公三郎監督に口説かれて「安城家の舞踏会」でデビュー。

 

その後も鶴田浩二とのコンビで人気を博すも、1953年に松竹を離れてフリーになる。

 

そしてフリー第一作目が「七人の侍」であった。いきなりの黒澤作品でしかも超大作、はじめはかなり緊張したという。

 

撮影の初日が決戦後の田植えのシーン。台本に書かれている「何かを振り捨てるように、大声で歌っている志乃」。

 

木村功演じる若侍・勝四郎と恋に落ちるも、戦いが終われば別れないといけない、侍と百姓である以上、受け入れなければならない別れの気持ちを、何とも言えぬ哀しさを漂わせて見事に歌っていた。

 

そして志乃がはじめに出てくる髪を洗っているシーン。これは個人的にはすごく色っぽいシーンだなあと思った。

 

しかし、撮影時は志乃に色気が出てないと言って黒澤とカメラマンの中井朝一が悩んだという。

 

黒澤は衣装部を呼んで「志乃のお尻の形をきれいにしろ!」と。そして長い髪を持ち上げるところもいろいろ試行錯誤をやってみてはじめて色気が出たという。あの色っぽさの陰にはこういう過程があったということを知る。

 

こういったワンカッワンカットが、細やかなこだわりを経て良いカットになっていくんだなあと感心。

 

 

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宮口精二の久蔵

『七人の侍』は脚本の時点で配役が決まっていたのは、官兵衛役の志村喬と菊千代役の三船敏郎だけだった。

 

剣の達人・久蔵のモデルは宮本武蔵。黒澤の創作ノートには久蔵の人物像について「兵法の鬼。自分自身を非人間的な戒律で律している。」と書かれている。

 

その役は宮口精二に託された。宮口は黒澤作品では「生きる」のヤクザの親分役で出演している。

 

宮口は生まれてから刀など持ったこともなく、黒澤のところへ自信がないと断りに行くが、「心配するな。任せておけ」と説得させられる。それから宮口は香新道流杉野嘉男先生の指導で刀の抜き方から特訓を受ける。

 

衣装合わせで刀を腰にさした宮口を見て、黒澤は「ちょっと違うかな」と不安がよぎったらしいが、菊千代叩いた野武士の襲来を知らせる板木の音を聞いて、飛び出して走っていくシーンの撮影で「よし、大丈夫だ」と安心したという。

 

走る侍の中でも一番早く腰も落ちていて恰好かよかったという。映像で確認してみると、正にその通りだった。

 

久蔵のシーンで一番苦労したのが、最後の雨の合戦の中、久蔵が鉄砲で撃たれて死ぬシーンだったという。

 

撃たれて横へ吹っ飛ぶ演技なのだが、ぬかるみに中なのでなかなかうまくいかず、何度もNGが出たという。

 

撮影は真冬の2月、大雪が降ってたんぼには氷が張るという寒さの中、そこに消防車8台で雨を降らしての撮影。寒さで演技どころではなかったという。

 

やっとのことでオッケーが出たが、かつらが飛んでしまった。これでNGになったらまたやり直しだと思った百姓たちがカメラに映らないように駆け寄って隠したという。

 

久蔵の死を受けて勝四郎が慟哭して叫ぶ最後のシーン。「野武士はもうおらん!」と官兵衛のセリフでオッケーが出ても、勝四郎は泣き止めなかったという。

 

 

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五郎兵衛役の稲葉義男

黒澤はビジュアル的なイメージから作っていって役のイメージを固めようとするので、当時俳優座の研究生であった稲葉義男の風貌が五郎兵衛のイメージにピッタリだったという理由で大抜擢される。稲葉はもちろん映画初出演。

 

五郎兵衛は劇中では、志村喬演じる官兵衛の参謀的な役割の侍。野武士との合戦でも早い段階で死んでしまうので若干影が薄い。

 

黒澤の創作ノートにはこう記されている。

 

・官兵衛の小型にならぬように注意
・茫漠たる風貌
・いつも静かでおだやかだが、その物腰はなにか人をなだめる様な魅力がある。

 

巨匠黒澤監督、黒澤組との仕事ということで、当然のように稲葉の演技はアガりっぱなし。

 

黒澤は各作品ごとに目一杯絞り込む俳優が一人はいるという。『七人の侍』ではそれが稲葉であった。目を付けられた俳優は幸か不幸か、みっちりしごかれたという。

 

前半にある五郎兵衛をスカウトするシーンで、小屋に入ろうするときに「ご冗談を」というセリフを言うシーン。黒澤が吠える。

 

「違う!違う!もっとあっさり言えって。余裕がないんだよ!」
「上がるからいけないんだ!あがるな!」
「いったい何やってんだよ 固くなるなって!」

 

 

しかし人間は怒鳴られれば怒鳴られるほど上がってしまう。稲葉はどんどん固くなって演技どころではなくなってしまった。

 

業を煮やした黒澤は「体をほぐしてこい!キャッチボールでもやって!」といって撮影を中断。しかし、その相手はまさかの黒澤本人。リラックスも糞もない。黒澤明はドSなのかもしれない。

 

千秋実演じる平八がスカウトされて官兵衛に「林田平八、薪割り流を少々使います」とユニークなあいさつするシーン。そのあと五郎兵衛が笑うのだがそれがなかなかオッケーが出ない。

 

「もっとアッサリ!」
「明るく!」
「駄目!ダメ!」

 

 

黒澤はなんでこんなことが出来ないんだとばかりに怒鳴り散らす。そして挙句の果てに、

 

「一度大きな声で歌でも歌ってごらん」と言い出した。
「何か歌えよ!大きな声でさ!炭坑節でもいいよ!」

 

スタッフや俳優周りの人間は手を差し伸べたくてもできない空気。気の毒でみんなは俯いて黙ったままだったという。

 

「月が〜出た出た〜 月が出た〜 よいよい」

 

引きつった顔で歌う稲葉の歌声がセットに響き渡ったという、なんとも残酷な話である。

 

後に稲葉が振り返って語っている。

 

「あの時は本当に辛かった。朝が来るのが怖かったですよ」

 

久右兵衛の婆さん

勝四郎が志乃の為におにぎりを持っていったとき、志乃は食べずの婆さんのところにもっていく。その婆さんが久右兵衛の婆さんなのですが、これは俳優ではなく本当の百姓のばあさんを助監督が見つけてきて使った。

 

とある老人ホームを訪ねて、その中からキクさんというハトのマメ売りをやっていた婆さんを見つけて連れてきたという。

 

助監督が徹底して教えたが、いざ本番での撮影ではセリフが言えない。「オラ、早く死にてぇだよ。早く死んでこんな苦しみ逃れてぇだよ…」といいセリフが、「身寄りがB29に殺されて…」となってしまう。監督は諦めて画だけ使って、セリフは吹き替えで対応した。

 

キクさんだけじゃなく、他の老人ホームの人たちもある場面で出演している。

 

いよいよ野武士が来るぞという時の訓練のシーンで、菊千代が「今夜はおっ母を可愛がっとけ」と言った後、百姓たちが笑うというシーン。

 

その大きな口をあげて笑い転げる百姓の婆さんたちがそうであるという。あの大きく笑うカットは目に残っていたから、なるほど、素人さんたちだったんだと納得した。

 

※参考文献 
野上照代著書 「もう一度天気待ち 監督・黒澤明とともに」
仲代達矢著書 「未完。」

 

 

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