黒澤明の不可解さ 黒澤不思議論

ノエル・バーチの『生きる』論をめぐって

「国際性」と「国民性」が同居

黒澤明は不思議な存在である。それは日本においてはトーキー以降の世代で唯一「国際性」と「国民性」が同時に成立する映画作家だからである。

 

例えば、戦後の同時期に活躍したほぼ同世代の作家たち、『二十四の瞳』の木下恵介、『青い山脈』の今井正、『君の名は』の大庭秀雄等は、黒澤と同様に40年代後半から50年代にかけて「国民」が熱狂的に興奮した作品を世に送ったのだが、彼らの名は現在まで続く「国民性」を獲得できず、また「国際性」を全く獲得できなかった。

 

また市川崑がそのモダニティ故に、新藤兼人がその自然主義的実験性故に、わずかながらの「国際性」を獲得したが、「国民性」は欠如しているというのとも対照的に、黒澤は映画を作ることのみによって「国民性=国際性」を同時に包摂した日本で唯一の映画作家となっている。

 

むろん、ここで「国際性」というのは単に国際的にその名前と作品が知れ渡っているという意味ではなく、また「国民性」というのも単に「国民」のみが隠語のように理解できる名前と作品というのでもない。

 

『羅生門』がヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を受賞したことで、日本映画とおい総体を世界に発見させるきっかけを作った、半ば偶然の栄光故に40年以上に亘って「国際性」を身に負わなければならなかった黒澤明はその後、『生きる』『七人の侍』によって「国民性」を獲得したのだが、黒澤の不思議さは、この2つが二重性のまま永続したことである。

 

その「国際性」故に、海外の批評家、映画研究者ならびに、映画作家から日本を代表する映画監督とみなされ、後年、コッポラ、スピルバーグ、ルーカス、スコセッシ等がリスペクトし、支援したことも一般的に知られている事実である。

 

また、小津や溝口ら先行世代の監督と同様に、西洋/日本という文脈をもって語られる際にもこの不思議さは現れている。黒澤は、なぜか日本国内においては「バタくさい」つまりはハリウッド的な監督とみなされ、同時に世界では「サムライ」を扱った幾分ジャポネスクな監督とみなされてきた。

 

つまりは、単純化すれば「内部的」には西洋的で「外部的」には日本的な反応を引き起こし、そしてそのような文化的カテゴリーを止揚するかのようにしばしば「普遍的ヒューマニズム」(スピルバーグ)、「エスペラント語」(イリア・カザン)といった映画の「普遍性」をもとに賞賛されたりもしている。

 

この反応の仕方は、黒澤をめぐる文化的不思議さを露呈させている。

 

また黒澤は、非常に個人的な作家に思われ、狭い意味で政治的ではないのだが、しばしば時代の象徴的な政治性を作品化してしまっている。
『わが青春に悔いなし』『羅生門』『生きる』『生きものの記録』『悪い奴ほどよく眠る』『どですかでん』『八月の狂詩曲』。

 

小津以降の世代で、現代劇そして時代劇を歴史的なジャンルまたは同世代の歴史の複雑さに埋没させずに、シンプルかつ一回性のものとして「個人的」な作品を構築したことは、黒澤明の作品という特権性とともに、50年代に国際映画祭の隆盛によって世界的な映画作家となったフェデリコ・フェリーニと同様、その作品に一種の普遍的なものを獲得している。

 

文藝春秋発行 小林信彦著書 「黒澤明という時代」より抜粋

師匠山本嘉次郎が語る黒澤明を面接したときの話!「絵だって映画だって同じです!」

黒澤明は画家を夢見ていたが、絵では食っていけないと感じ、また兄丙午の死によって、長男のような責任も感じ始めて、とにかく父母を安心させたいという一心で後の東宝にあたるP・C・L映画製作所の助監督公募の広告をみて応募する。その時の面接官が後の師匠となる山本嘉次郎であった。その山本嘉次郎が弟子の黒澤明につ...

≫続きを読む

黒澤明『羅生門』の金獅子賞立役者カメラマン宮川一夫が語る撮影秘話!

※『Esquire』1990年9月号よりクロサワとミヤガワ はじめての仕事僕は、キャメラマンとしてスタートをしたときに稲垣さんにいろいろ教えてもらった関係で、稲垣さんと仕事をすることが一番多かったんですが、稲垣さんが丁度『手を繋ぐ子達』というのを昭和23年に撮って、その後東宝へ行かれたんですね。それ...

≫続きを読む

黒澤組を支えたカメラマン斉藤孝雄インタビュー!「どこかに仕掛けがありました」

黒澤映画では『素晴らしき日曜日』から『まあだだよ』まで、約50年にわたって撮影に携わってきた斎藤孝雄氏。メインの撮影監督になるのが『椿三十郎』ではあるが、それまでもマルチカムの2台目の撮影はすべて斎藤氏による撮影であった。以下、インタビュー記事の抜粋である。黒澤の第一印象や撮影術について※河出書房新...

≫続きを読む

リリー・フランキー 愛すべき人に薦めたい作品は黒澤明監督「どですかでん」

『どですかでん』が黒澤作品のベスト1と言っている人はなかなかいません。このサイトの管理人である私は『どですかでん』がベストでありますが、共感し合える人も少なく寂しい思いをしていますが、リリー・フランキー氏が『どですかでん』ファンであると聞いて嬉しくおもいました。色々と好きな理由はあるのですが、私が特...

≫続きを読む

黒澤明監督の居場所 おすぎエッセイ

映画を撮りたくても撮れなかった50代60代私自身、黒澤監督のマネージャーやスクリプターなどのお仕事をなさっていた野上照代さんと親しいものですから、その関係で監督とお話もさせていただいたし、『乱』の撮影現場も仕事がてら陣中見舞いに寄らせていただいたり。監督かちょっと谷の方に下りていったのを「迎えがてら...

≫続きを読む

野村萬斎が語る黒澤明と『乱』『蜘蛛巣城』。 能・狂言との関係性について

伝統芸能の役者でありつつも、常に新しいアプローチを模索し続ける狂言師・野村萬斎。伊藤英明とのコンビで大ヒットを記録した『陰陽師』や日本アカデミー賞10部門受賞した『のぼうの城』など、ヒットを放てる数少ない伝統芸能人。以下は彼が映画初出演となった黒澤作品『乱』のエピソードや、黒澤の能や狂言観について、...

≫続きを読む

渋谷陽一が語る黒澤明 肯定性とヒューマニズム、そして自殺未遂について

日本におけるロックジャーナリストの第一人者である渋谷陽一による黒澤明回想記である。『ロッキング・オン』以外にも『Cut』などで俳優や映画監督などのサブカルチャー全般を釣り扱っており、雑誌の編集やインタビューなど高く評価されている。渋谷陽一が語る黒澤明黒澤明は積極的に触れなかった映画はそれこそ小学校の...

≫続きを読む

黒澤明についた助監督たちが語る クロサワ体験記

映画の現場で一番過酷なポジションとはいったいどの担当の人間だろうか?答えは一目瞭然、助監督である。テレビでいうアシスタントディレクター、いわゆるADが映画でいう助監督である。監督の現場の怒号は、役者やその他の技術スタッフなどにはほどんど向けられない。基本的には監督が怒る相手は演出部の部下である助監督...

≫続きを読む

映画監督田中登が語る黒澤明 『用心棒』での学生助監督見習い

主に日活ロマンポルノ作品を監督し、『夜汽車の女』『?式場メス市場』『人妻集団暴行拉致事件』『発禁本「美人乱舞」より責める』などの数々の名作を残した映画監督の故田中登氏が、学生時代に、『用心棒』の現場スタッフのアルバイトをしていたという。その時の様子を語ったのが以下である。田中登 学生助監督見習い記ぼ...

≫続きを読む

黒澤明『野良犬』のリメイクを作りたくなかった理由 森崎東監督

昭和48年の松竹で製作した『野良犬』が25年ぶりにやっとビデオ化された。自作の中で『野良犬』だけがビデオ化されていない理由を、原作者である黒澤監督と菊島隆三氏の許可がないからだと思ってきたが、実はそうではなかったらしい。正直言って、私は会社企画であるこのリメイクを断りたかった。私は自分の監督昇進一作...

≫続きを読む

黒澤明が持つエンターテイメント性と思想性について 世間一般の間違った見解

映画批評なんてやっぱりくだらないものだと思う。テレビのコメンテーターと同じように、舞台に立つ恐怖やプレッシャーも知らずに、一丁前のことらしきことを言って自分に酔うのが映画批評。ロックのジャーナリズムもそんな感じ。今回紹介する高橋実という批評家?もいろいろと言っているが、結局、映画は観て個人か感じたも...

≫続きを読む

『野良犬』『酔いどれ天使』『七人の侍』などに見る黒澤明の偉大なる先取り!

偉大なる黒澤明日本を代表する映画監督、黒澤明。彼の偉大さは誰が何を言おうが揺るぎないもののように思える。例えば、ジョージ・ルーカス、フランシス・フォード・コッポラ、スティーブン・スピルバーグ、マーティン・スコセッシと言った現在のハリウッドを代表する映画人たちが、尊敬の言葉を口に作品のサポートを引き受...

≫続きを読む

『トラ・トラ・トラ!』に見る敗者の黒澤明 『どですかでん』に見る悲劇の黒澤明

敗者黒澤明黒澤明が、西洋社会の芸術であった時代の国際映画祭にかくも熱狂的に受け入れられた理由は彼が異質な東洋のエキゾチズムを発散していたからではなく、彼が西洋人と同質のものを持っていたからである。黒澤は自伝の冒頭でジョン・フォードとジャン・ルノワールを引き合いに出しているが、日本人の監督の名前を出し...

≫続きを読む

『踊る大捜査線』にみる『椿三十郎』 たまには強引なクロサワ論で…

『椿三十郎』と『踊る大捜査線』しかししつこく書けば、例えば『椿三十郎』の頃は実に、鋭敏な同時代感覚を持っていた。その証拠に橋本治氏の『完本チャンバラ時代劇講座』を開いてみる。東宝のサラリーマン映画に出てくる”現代人”を大胆に器用し、黒澤作品にしては珍しく明らさまに二番煎じで明らさまに娯楽映画である『...

≫続きを読む

『用心棒』や『天国と地獄』に見る黒澤明の空間的感性について

今回の批評は、黒澤明が映画の中で描き出した「空間」について。なかなか凄いことを言っている感がある文章ですが、映画批評家などの文章は非常に分かりにくい。難しくこねくり回して、自分の語彙力や文章力をこれでもかと見せつけている感がよく目につく。映画はやはり、語るものではないですね。笑黒澤明が映画の中で描き...

≫続きを読む

『踊る大捜査線』の黒澤オマージュは『天国と地獄』だけではない!

映画批評 轟由起夫※4 河出書房新社発行 「黒澤明 生誕100年総特集」より抜粋噂は公開前から耳にしていた。何やら大胆不敵にも「クロサワを引用している」というではないか。ヒントはずばり「誘拐」だ。となると例のシーンか。それを確かめようと初日劇場へと向かった。満員だった。客席は異様な熱気をはらんでいた...

≫続きを読む

黒澤明の不可解さ 黒澤不思議論

「国際性」と「国民性」が同居黒澤明は不思議な存在である。それは日本においてはトーキー以降の世代で唯一「国際性」と「国民性」が同時に成立する映画作家だからである。例えば、戦後の同時期に活躍したほぼ同世代の作家たち、『二十四の瞳』の木下恵介、『青い山脈』の今井正、『君の名は』の大庭秀雄等は、黒澤と同様に...

≫続きを読む

評論家町山智浩氏が「七人の侍」を徹底解説!『七人の侍』に欠けている唯一の弱点とj...

映画評論家の町山智浩氏が日本映画の至宝『七人の侍』について語っている内容をまとめてみました。町山さんに『七人の侍』に対する見解の深さもさることながら、対談相手の春日太一氏の情報量が凄いです。『七人の侍』の3時間に及ぶ長さは最初から意図されたものだったのか?春日 この映画は製作日数は271日で、総製作...

≫続きを読む

『天獄と地獄』のラストシーンで黒澤明が予期しなかった凄いことが起こった!?

映画評論家で黒澤作品についても詳しい町山智浩氏の『天獄と地獄』の解説をご紹介します。町山氏は、この映画『天獄と地獄』をはじめて観たとき、「え?これでいいの?」と思ってしまったらしい。中学生ながら、これはちょっとダメなんじゃないのという違和感があったという。その違和感や、黒澤監督自身も予期しなかったラ...

≫続きを読む