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『踊る大捜査線』のクロサワオマージュについて
映画批評 轟由起夫
※4 河出書房新社発行 「黒澤明 生誕100年総特集」より抜粋
噂は公開前から耳にしていた。何やら大胆不敵にも「クロサワを引用している」というではないか。
ヒントはずばり「誘拐」だ。となると例のシーンか。それを確かめようと初日劇場へと向かった。
満員だった。客席は異様な熱気をはらんでいた。
『踊る大捜査線 THE MOVIE』。
果たして急転直下の展開の中、主人公の青島刑事(織田裕二)は屋上^に駆け上がるや、はるか彼方に視線を釘付けにされたまま、こう叫んだのであった。
「天国と地獄だ!!」
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『踊る大捜査線』にみる『野良犬』的構造
TVシリーズからそのまま抜擢された『踊る大捜査線 THE MOVIE』の本広克行監督にインタビューするチャンスを得た。
媒体がテレビ誌ゆえ、主にTVドラマの演出に対する取材であったのだが、ここはカコつけてこんなことを訊いてみた。
「あの〜テレビシリーズの『踊る大捜査線』のラストって、黒澤明の『野良犬』じゃないですか?」
サラリーマン上がりで新米っていう設定の青島刑事と、いかりや長介演じるベテラン刑事との歳の差を超えたコンビ。これが『野良犬』以来の刑事映画の定石であるのは間違いないが、くだんの第一話、言ってみるなら2人の若者がサラリーマン生活の退屈さを引き金に、方や刑事、方や犯罪者へと分れてしまうストーリーであった。
護送されていく犯人と最後に言葉を交わしあ青島はこうつぶやく。
「僕はあいつになっていたのかもしれない…」
こんなセリフを『野良犬』の中でも聞いたような気がする。
理由こそ違えど、終戦後の混乱期に、やはり追うものと追われるものとに、分かれなければならなかった『野良犬』の2人の若き復員兵の心情と境遇。
『踊る大捜査線』の第一話はそれを連想させるに十分の作品だった。
「なるほど。そうかもしれませんね」とこちらを気遣い相槌を打ってくれた。本来ならば脚本担当の君塚良一氏にぶつけるべき話題だろう。が、その温和な表情を眺めているうちに、さらに調子に乗って『野良犬』のこんなシーンを今度はぶつけてみようかと思い始めていた。それはいわば、黒澤映画の白眉ともいうべき素晴らしい演出場面だ。
外は大雨。老刑事が安ホテルに身を隠していた犯人の所在を突き止め、新米刑事のもとに電話をする。彼は、犯人が心を寄せている踊り子(淡路恵子)の部屋に張り付いていたのだ。
ところが共同電話に出たのはそのアパートの、年老いた耳の悪い管理人。老刑事の声がうまく聞こえず、何度か押し問答の末に管理人は、刑事ではなく踊り子の方を呼びに行ってしまう。
焦る老刑事。ホテルにはラジオからムーディな「ラ・パロマ」が流れ始めた。犯人はすでに、電話ボックスの中の老刑事の存在に気付き始めていた。
一方、新米刑事と踊り子と云えば、掛かってきた電話がすっかり犯人からのものと身構えてしまう。
老刑事、新米刑事、犯人、さらには周辺の登場人物の心的シチュエーションをを並行して描き切ったこの見事な手腕は、今見てもため息ものだ。
サスペンスの引き延ばしという意味ではルーティーンかもしれないが、画面が張り詰めていくプロセスで少々ボケた管理人を登場させ、上昇する物語の温度にワンクッション入れているのが秀逸だ。
つまりこれを演じているのが小津安二郎監督の『麦秋』で、チューィングガムをヤギのようにもぐもぐと紙ごと食べて笑わせていた高堂国典なのだから、画面の印象は緊迫しているのにどこかユーモラス。キャスティングに抜かりはない。
そしてその笑いは、同時に画面の温度をクールダウンさせつつ新たな気流を作り、スリリングさを加速させる役割を担ってもいる。で、ご存じの通り、ようやく新米刑事のもとに受話器が渡されたときには、老刑事はコルトで撃たれて、どしゃぶりの雨の中で倒れている。犯人は逃走、あとには「ラ・バロマ」の明るく皮肉な響きが残るのみ、というわけだ。
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「緊迫の中の笑い」
黒澤映画の中にはこういった、いつまでも古くならない「緊迫の中に笑い」が横濫していると思う。
実を言えば本広監督から伺って、たちまち援用させてもらっている言葉なのだが、すなわち「ビーンと張り詰めた状況下、クスっと脳みそで笑う感覚」とでも考えればよいか。テレビシリーズの『踊る大捜査線』のノリを特徴付けていた要素の一つが、まさしく黒澤映画にも通ずるこの「緊迫の中の笑い」であったそうなのだ。
では、本広監督がTVシリーズ全体の演出トーンを?んだという第二話におけるそれはどのようなシーンだったのか?
たとえば爆弾を仕掛けられた椅子にベテラン刑事が座り、「リーサル・ウェポン2」などでもおなじみの危機的状況が設定される。
署内はビーンと張り詰めた空気で充満する。そこに登場するのが、現場を取り仕切っている警視庁エリート管理官の室井(柳葉敏郎)なのだが、室井からの電話の指示を受ける青島刑事の行動はことごとく裏目がでる。
そこの室井管理官の演技、リアクションがいい。すなわち『野良犬』における高堂国典的なボケ。事態が緊迫していくところにワンクッション入れて、観客に更なる展開への期待をさせる。これは君塚脚本の功績によるものが大きいのだが、青島刑事と室井管理官のやり取りはいつしかボケとツッコミの関係にスライドされていき、しかもツッコミ役であったはずの管理官がタイミングよく一瞬ボケたときに、「緊迫の中に笑い」が生まれるという仕組みだ。
本広監督はこの時、いかりや長介と織田裕二、柳葉敏郎それぞれがいる2セットをカメラ8台で一挙に撮りあげたのだとか。
『七人の侍』以降の黒澤映画には欠かせないマルチカム・カメラ方式の再来。こういった”エンターテイメントの密度”の充実ぶりが、TVシリーズから映画版までの人気を獲得し、目に見える評価へ繋がっていったのだろう。ちなみに『踊る大捜査線 THE MOVIE』の例の『天国と地獄』の引用に関して言えば、これは確信犯的な黒澤映画のサンプリングであり、”ブレイクビーツ”的な仕様である。
というのも、青島刑事は次のカットで一足飛びに煙突のあるゴミ置き場へと直行している。このスピィーディなジャンプカットを支えているのが、大胆不敵な引用の効能なのだ。
『天国と地獄』のイメージを遊戯的に押し出し、次へと飛躍しる踏台にして目的地に着くまでのシーンを一挙に省いてしまうリズム重視の手法。オマージュ、パロディ、はたまた単なる戯れに見せながら、その辺の計算はとてもしたたかだ。
さてところで、黒澤映画は面白い、無類に面白い、そう当たり前に言うとき、我々はここまで述べてきたような「緊迫の中の笑い」から「笑いの中の緊迫」へとあっという間に反転する活劇的ダイナミズムを感じとっている。
だが、これらが何も黒澤映画だけの専売特許ではないのは言うまでもない。むしろドラマツルギーの基本ですらある。『踊る大捜査線』というのは極めてこの方法論に自覚的だといえよう。
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