日本の映画っていうのは説明が多すぎる
「週刊文春」 1993年5月6日号より
黒澤 「僕は以前からビート君の映画が好きでね。今度の「ソナチネ」もでズカズカ撮ってるでしょ。あのズカズカがいい。どうも日本の映画っていうのは説明が多すぎるよ、演技でも何でも。なんかジム・ジャームッシュみたいで。まあ、そういう人を引き合いに出すのは失礼かもしれないけど」
たけし「いえいえ 笑 僕は本当のことををいうと、ほとんど映画を見てないんですよ。わりと売れるようになってから自分で映画を撮ってみようと思ったんですけど、最初は全然わからなかったですね、まあ、1つのカメラで5箇所から撮ればいいなと単純に考えてカメラ覗いていたら全然違うんですよ。だから「その男凶暴につき」なんかはほとんど正面で撮ってパンとかしなかった。そしたらスタッフから「こいつ、監督初めてでカメラ動かせないんじゃないかって」って言われちゃって 笑 しょうがないから横にあったクレーンでも使ってみるかって 笑 でもラッシュを見ると動かした絵は全然気に入らなくて、結局カメラをポンと置いた絵ばかりの単純な映画になっちゃった。やっぱり自分でわかってない絵を取るとにっちもさっちもいかないですね」
黒澤 そりゃそうですよ。自然にその人が持っているものを出すしかないし、よく映画だからこう撮らなきゃいけないって言う人がいるけどそんなことはないと思うんですよ、僕は」
たけし 助監督とかスタッフから「監督、次はどう撮りますか?」て言われるとなんか挑戦されているような気がして、それに負けて「今度は移動クレーンを使って」とかいっちゃうと駄目ですね。今流行ってるステディカムなんかも、分からずに使うと本当に意味がない」
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黒澤 「僕も初めて松竹でやった「醜聞」を撮ってるとき、助監督が集まって何かコソコソやってるわけ。「何を話してんだ?」って聞くと「撮り方が違うんじゃないですか」って。松竹には松竹流の撮り方があるんだよね。李さんと三船がオートバイに乗ってきて三船の部屋に彼女を招きいれるシーンで、僕はみだれ感のある部屋に自然に入ればいいと思っていたの。そしたら「バイクの風防用のメガネが置いてないと映画として時間の経過がおかしい」といわれる。「いや僕は現実の時間の経過通りに撮ってるんだ」って。そんなやりとりを随分やったよ。」
たけし 監督の「まあだだよ」を見ながら、やっぱりその時間経過をどうやって表すかを気にしてたんですよ。ローソクとランプを使っているでしょ。そうするともうそのネタは使えない、「真似しやがった」って言われるのがイヤだから 笑 映画的な時間経過は必ずこう撮るもんだってとらわれちゃうと個性がなくなっちゃうし、そこが一番頭を使うとこですよね」
黒澤 僕は最近、時間経過なんて余計なものと思っているんですよ。パッと次のシーンへいっちゃっていい。例えばビートさんを玄関で迎えたら、次はいきなり座って話していても別におかしくはないね。映画は芸術形式としては音楽に似てて、リズムさえあればお客は何の違和感もなくついてくるよ。だからもっとズカズカやった方がいい。
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たけし 「まあだだよは終戦直後の設定だからGHQとかMPが出てきますよね。あれが初めて違和感なく見れた。今まで映画で出てきたMPは、どうせどっかの外国人を捕まえてきて服を着せてるだけだって思っちゃうから、絶対に自分では撮れないんですよ。あのリアル感は色で出るのか、絵のサイズで出るのか、そうとう難しいんじゃないですか。
黒澤 いろいろ考えずにズカッと撮ってるからいいんじゃないですか。ジープのヘッドライトが迫ってパッと外へ出るという技巧は使ってるけども。
たけし 頭のシーンで、生徒の顔が全部見えるんですけど、あれはどういうやり方で撮ってるんですか。
黒澤 かなり高い位置から望遠レンズを使うとああいう風に撮れるんです。僕は猛烈に乱暴なレンズの使い方をするからね。隊列のシーンでも、フルショットで全部を写しているカメラを含めて3台のカメラで回すんだけど、アップをとっているのが一番遠くにあるカメラなんですよ。そうすると俳優さんはすごくやりいいんです、そんな遠くから撮られているとは思わないから」
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たけし 「やっぱり役者さんってのはカメラを目の前にして「さあ、どうぞ」っていわれて大芝居やって「はい、OK」
っていわれた後に拍手の1つでももらうと、もうやった!って嬉しくてしょうがないんだけれど、その場面のラッシュを見てみると「いらないな、これ」ってなっちゃうんですよね不思議にも」
黒澤 「そう。第一カメラを前にしてカメラを意識するなっていわれても無理なんだよね。だから僕の場合アップになればなるほど、どんどんカメラが離れていく。望遠レンズほど顔の動きとか表情がはっきり出るんですよ。だからセットの中でも800mmを使ったりする」
たけし 「それにしても、今回の映画の相変わらずの絵の強さを見ると、まだ物凄くスタミナがあるんですね。所に聞いたら監督は肉食だって言ってましたけど。いろんな肉の種類を食べるって 笑」
黒澤 笑 医者には摂生しろっていわれてるんだけど、どうしても飲み食いだけはガブガブやっちゃうね」
たけし あれだけ絵が強いのに、すごくほのぼのとしているし、それがよくわからない。「天国と地獄」の絵を比べると今度の方がもっと強いと思うんですよ。失礼な話ですけど「まあだだよ」の強さでもう一度「天国と地獄」を撮ったらもっと強烈になるでしょうね」
黒澤 今度の映画でカメラマンたちに言ったのは、構えて撮っているような絵は欲しくないと。そこで実際に起きていることを自然に撮ってくれと。だから先生の家に生徒が訪ねてくるところなんてゴチャゴチャしてるけれど、あのシーンは随分やかましくいったんです。例えば襖を外している人なんかがちゃんと入ってくるんではなくて、そういうのは画面の隅でチラッと見えればいいんでね。そんな風にごくなんでもなく撮れるかってところがとっても難しかったんですね」
たけし お笑いも同じことやるんですよ、なんかをチラっと見えたぞっていうのを。襖を外してみんなで鍋をやるっていうのを全部見せちゃうと、何の興味もなくなるわけですよね。そのチラッと見えるサイズが異常に絵の強さを出している。偉そうなことばっかり言ってますけど、今度の監督の映画はあのカメラワークがなきゃ耐えられないと思ってるんですよ、話が淡々としてますからね。カメラワーク間違えたら実に退屈な…」
黒澤 「イヤになっちゃうよね。だから自然に撮るようにうるさくいったわけ」

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