松村くんは大変だったとおもうよ
「週刊文春」 1993年5月6日号より
黒澤 「僕は撮るのが早いんですよ」
たけし 「撮るのは早いけれども、撮るまでが長いんですね 笑」
黒澤 「そう。本番の日は要するによーいスタート!って言ってるだけだね。もちろん呑んでいるときに話したり、ある程度稽古もしますけど。今回、松村くんとは誰にも見せないで二人っきりでよく稽古をやったよ」
たけし 「所ジョージがいってました。松村さん自然に老けていったって 笑 メイクいらないって。監督にしごかれて最後は本当に晩年を迎えたって」 笑
黒澤 「確かに松村君は大変だったと思いますよ。稽古ガンガンやったからね。松村くん怒ってたけど 笑 一度やめたいって言ってきたぐらいだからね。でも稽古の翌日ね、本当によくやったんですよ。スタッフもびっくりして拍手喝采になった。それ以後は何も言ってないですよ。その時に出来ちゃったんだね」
たけし 「あの隊列シーンはよく撮れたなって思ってるんですよ。僕は生理的にみんながまとまって飲んだり騒いだりしてるシーンが嫌いなんですね。時代劇でも雑兵とかが歌いながら酒飲んで騒いでるシーンなんかは見てられない、わざとらしくて。それと同じようなシーンが出てきたんで、どうやるのかなって興味があったんです」
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黒澤 「僕も日本映画の宴会のシーンって一番嫌いなんだよね。たいてい良くない。だから本当に盛り上がってくれと。どこでどう撮るかはわからないよと。そしたらよくなったんです。あの隊列のシーンもまずカメラ3台で最初から最後までとるわけ。今度はカメラのポジションを変えてレンズも変えてもういっぺん撮る。それを3回ずつやるから全部で9カット。だからあの「オイッチニ」を36回やったんだよ 笑 でもそれだけやらせると本当に盛り上がってくるんですよ。みんなが面白がって勝手なことをやり始めるだけど、そこから浮かびあがってくるものが凄くいいんだよね。編集でそのいい部分だけを残していったの」
たけし 「やっぱり映画って粋でなきゃいけないというか。例えば下品なカットってあって、手で持ったら茶碗だって分かるのにまず茶碗だけをアップにしたり、そういうのはなんか丁寧というか下品というか」
黒澤 「下品って表現は面白いですね。映画のどこが肝心かっていうと繋ぎ目なんだよね。カットとカットの繋ぎ目、シーンとシーンの繋ぎ目、その呼吸みたいなところに本当の映画は宿るような気がするんだよね」
たけし 「あの宴会のシーンで主役も決めずにルーズに撮っている場面の前後にはがっちり確実な絵が入っている。それが画面の緊張感を生むのかなぁと思ったり、とにかくいろいろ技法を盗ませてもらいました、生意気ですが」 笑
たけし 「前から不思議に思っているんですけど、なんで映画っていうのは朝6時に起こされるのでしょうかね。もしテレビの仕事で6時に起きろっていわれたらふざけるな!って怒るけど、映画はみんなテンションあがっちゃう」
黒澤 「僕なんかも本当に映画が好きなんだと思うね。あした撮影があるっていうとさ、嬉しくってさ、もう早く行きたくてしょうがないんだよ。それなのに助監督たちはたるたけゆっくり休ませようと思って起こさないんだよね。こっちは早くに起きちゃってんだ。なんだろうね、あれは本当に。でも映画撮ってると楽しいでしょ」
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たけし 「なんか間抜けなことをいっぱいやってるなと思いますね。《その男凶暴につき》なんてスタッフが撮影許可を取ってない箇所があって、警察が来る前に歩きのシーンを撮っちゃいましょうって言われて歩いてたの。ズーッと歩いているんだけど、見るとカメラがないんですよ。そしたらカメラマンがカメラを抱えて向こうの方へ走ってて、後ろから警官が追っかけてくる。なんとも情けない」
黒澤 「笑 《姿三四郎》の時、柔道の佐藤八段とかが指導に付いてきてるんだけど、橋の所で大河内伝次郎が川へ放り込むシーンで、スタッフがみんな乱暴なことをするって怖がって自動車の中で目を伏せちゃうのよ。終わると顔を上げて、何もなかったですか?っていうだけで 笑」
たけし 「今度の《ソナチネ》でもやっぱり隠し撮りがあったんですよ。沖縄の街の一角で、ヤクザの格好をした四人が黒塗りの車に乗ってカメラを回すまで待ってるんですけど、その待機している場所が本物のヤクザの事務所の前で、四人はよく見ると血糊はついてるわ、上着の陰から拳銃がチラチラ見えるわ、事務所では殺し屋が来たんじゃないかって大騒ぎになって、”何やってんだ””いや、映画撮ってるんです””バカやろう、紛らわしいことすんじゃねえ”って怒られちゃった 笑」
黒澤 「笑 その作品で付き合ったと二度と会えないっていうのも映画の面白いところだよね。俳優さんとはまた会えるんだけど、その作品で演じている人とは会えないわけでしょ」
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たけし 「映画には残酷な一面もあって。《あの夏…》の最後にシーンでヒロインの子に泣いて欲しかったんですね。本人はやってみますって言ってるんだけど、カメラ回しても全然泣かない。助監督も怒りだしちゃって、マズイと思ったその子のマネージャーが隅の方に連れていって説教してたらその子泣き出しちゃったんですよ。そしたらみんな”おい、向こうで泣いてるそ”ってカメラ持って全速力で走りだしちゃった。”泣いてるところをとろう”だって 笑」
黒澤 「いやあ 笑 《隠し砦の三悪人》でもさ、お姫様が泣かないんだよ、どうしても。でその時のチーフがよく泣かせる奴だったんで、”お前、連れていって泣かせてこい”って言ったら1000フィートぐらい泣きっぱなしの顔を撮ってきた。”お前、何をいったんだ?”って聞いても言わなかった」
たけし 「笑」
黒澤 「もう ボロボロ泣いてる。それ使ってるけどね」
たけし 「なんだかんだ言って、間抜けなことに一生懸命になって映画を撮っている姿ってのが一番面白いんじゃないですかね」
黒澤 「映画にまつわる失敗談は本当に話がつきないね」
終わり
【終わって一言】
たけし 「いや〜、その、なんというか、一言もないね。あえて言うと月並みになるけどあらゆる意味で”怪物”だな。いろんなものを背負っていて、もっと背負ってやるぞといえちゃう八十三歳の現役監督。まだビンビンの反射神経、うーん凄い。負けちゃいられないよ」
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